テーマ:太極拳譜

証道仙経(409)秘密の教え(57)〔問答篇〕

ここでは、中脈が開いたときの「変化」についてのべている。 中脈が開くと嗅覚と味覚に変化を覚える、という。 簡単に言えば、自分にとって好ましくないような匂いは、嫌いになり、同じく自分に好ましくないような味も、良く感じられなくなる、ということである。 太極拳を練っていて、急にタバコの味が美味と感じなくなった、という人もいる…
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太極拳花拳譜 十字手

十字手からは、前後の歩法から、斜めの歩法へと変化することになる。 初めの十字手から前と後には、技の変化においては、やや違ってくる。 ために、わたしは初めの十字手までが、十三勢の原形でなかったか、と思うのである。
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太極拳花拳譜 進歩搬ラン捶

進歩搬ラン捶は、故郷で楊露禅が少林拳僧との試合で、これを用いて打ち殺してしまったことが、故郷に帰ることのできなくなった理由であるとされている。 長く露禅が故郷に帰ることのなかったのは、なんらかの理由があるのか、あるいは北京での仕事が忙しかったのか、理由は判然とはしない。 そうしたところに、こうした話も生まれる余地があったのか…
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太極拳花拳譜 手揮琵琶

手揮琵琶と、提手上勢は左右が逆になっているだけの技のように思われるかもしれないが、提手上勢は進歩の技であり、手揮琵琶は退歩の技である。 相手の勢が強ければ、中段の構えから歩を引くし、弱ければ出ることになる。 構えについては、いろいろな構えをいう人もあるが、古来より中段を第一とする。 形意拳は、ひたすら中段の構えを練るも…
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太極拳花拳譜 ロウ膝ヨウ歩

ロウ膝ヨウ歩の動きは「開」にある。 カーテンなどを押し開くような動きである。 ロウ膝ヨウ歩は、通常でもよく出てくる動きであるが、呉家や武家では、倒輦猴でも、ロウ膝ヨウ歩を下がりながら行う。 つまり、倒輦猴は、ロウ膝ヨウ歩の変化なのである。いうならば進歩ロウ膝ヨウ歩と、退歩ロウ膝ヨウ歩(倒輦猴)として、これらを理解するこ…
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太極拳花拳譜 白鶴亮翅

白鶴は、仙人の乗り物でもある。 白鶴亮翅は、右手が上へと気を導き、左手は下に導く。 これにより、上丹田と下丹田が開くことになる。 上丹田と下丹田が開けば、中丹田も自ずから開くことになる。 姿勢を真っ直ぐにして、胸を開くことで、中丹田も開くのである。
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太極拳花拳譜 提手上勢

提手上勢では、右足の踏み込みの具合が重要である。 この歩形は、太極拳独特といえるであろう。 呉家では、一歩踏み込んで、提手上勢の完成形となる。一方、伝統的な形では、完成形(既発)となる前で止めている。 未発の動きで学ぶべきは、中庸の徳である。 不発は、義勇のない動きである。 既発は、覇道である。 未発…
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太極拳花拳譜 単鞭

単鞭は、少林拳では「一条鞭」などといわれることのある技である。 右手を鞭のように使って相手を打つわけである。 鄭子では、中心軸(中脈)を開くことを第一としているので、打つ動きを消している。これにより神、気は内に向かうことになる。 古い形では、坐掌に打つ意を含める。 単鞭は、丹変と記されることもある。この形は、中心…
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太極拳花拳譜 ラン雀尾 按

按は、前に押す動きに第一の働きを見るのではなく、下に抑える動きを重視する。これは四正推手の動きをしても理解されるところであろう。 しかし、鄭子太極拳には、下に抑える動きはない。 抑える働きは、腰の動きに秘訣がある。手の動きで抑えるわけではないのである。 腰の動きを助けるために、腕の動きはあるのであり、それをあえて使わな…
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太極拳花拳譜 ラン雀尾 セイ

セイは、既に右ホウのところで触れたように、右ホウの変化である。 そうであるから、セイは右手の勁を効かせるのであって、左手は添えているだけである。 靠も、セイと基本的には同じ技である。 ただ右手で打つだけであると掌の大きさしか、打つことはできないが、右腕を添えることで、攻撃の範囲を広くできるのである。
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太極拳花拳譜 ラン雀尾 リ

リは、相手と接する時のホウ勁の働きである。 これは提手上勢や手揮琵琶へと変化をする。 リを練る時に重要なことは、ホウからリへの勢の変化である。 リを引っ張ることと思うと、まちがった練習となる。陽から陰への変化の機を捉えることが、リの練習なのである。
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太極拳花拳譜 ラン雀尾 右ホウ

ホウ勁とは、未出の勁である。 これが太極拳の根本である。そうであるから根本的に陳家の砲捶(陳家太極拳)とは、異なっているのである。 八卦拳の八母掌も、未出の勁である。羅漢拳は既出の勁である。
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太極拳花拳譜 ラン雀尾 左ホウ

ラン雀尾は、四正である「ホウ、リ、セ、按」で構成されているが、その中でも、「ホウ」には、左と右がある。 「ホウ」は、太極拳の根本であるホウ勁を、もっとも端的に示す動きである。ために、これが左と右の二つがあるのである。 この二つのホウは、左ホウがセイに、右ホウが按に対応している。こうした解釈により、あらゆる太極拳の動きの中にホ…
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太極拳花拳譜

太極拳を花をもって表現してみようというのが、「太極拳花拳譜」である。 この構想が生まれたのは、一冊の本との出会いがある。 それは、河瀬敏郎氏の『一日一花』である。ちなみに同書は、中国のアマゾンでも高い評価を受けている。 明日より公開する「太極拳花拳譜」は、この『一日一花』の一月の花(なげいれ)から想を得たものである。 …
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太極拳譜考(213)人身太極解「バランスを調える」

「二、四は肩となす。 六、八は足となす。 上九、下一、左三、右七なり。 坎は一、坤は二、震は三、巽は四、中は五、乾は六、兌は七、艮は八、離は九たり。 これは九宮なり、内九宮はまたかくの如し。」 ここでは、数字で陰陽が述べられている。 「二、四」は陰であり、肩は陰となる。 「六、八」は陽であり、足は陽となる。 …
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太極拳譜考(212)人身太極解「火と水と土」

「それ離は、南正、午、心経たり。 坎は、北正、子、水、腎経たり。 震は、東正、卯、木、肝経たり。 兌は、西正、酉、金、肺経たり。 乾は、西北隅、金、大腸、水と化すなり。 坤は、西南隅、土、脾、土と化すなり。 巽は、東南隅、胆、木、土と化するなり。 艮は、東北隅、胃、土、火と化するなり。 これは内八卦なり。」 ここで…
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太極拳譜考(211)人身太極解「内臓を調える」

「喜、怒、憂、思、悲、恐、驚は、内七情なり。 七情は、みな心をもって主となす。 喜は心、怒は肝、憂は脾、悲は肺、恐は腎、驚は胆、思は小腸、怕は膀胱、愁は胃、慮は大腸、これは内なり。」 ここでは、心の動きと内臓の関係について述べている。 「喜び」は心に、「怒り」は肝に、「悩み憂い」は脾に、「悲しみ」は肺に、「怒り」は腎に、…
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太極拳譜考(210)人身太極解「六欲を破る」

「これ口、目、鼻、舌、神、意、これをして六合と言い、もって六欲を破るなり。 これは内をなすなり。 手、足、肩、膝、肘、胯は、またこれをして六合たりて、もって六道を正すなり。 これは外をなすなり。 眼、耳、鼻、口、大小便、肚臍(へそ)は、外七キョウなり。」 今度は「六合」による身体観である。ちなみに六合とは、天地と四方のこと…
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太極拳譜考(209)人身太極解「陰陽、五行、八卦とシステム」

「鼻の息は香臭たり。口の呼吸は出入す。 水はカン、木は酸、土は辣、火は苦、金は甜たる。 言語の声音に及べば、木は亮、火は焦、金は潤、土はオウ、水は漂たり。 鼻の息、口の呼吸の味は、みな気の肺の門戸を往来するなり。 肝胆は巽震の風雷にして、発せられたるの声音は、五味を出入りするなり。」 ここでも、身体に関して、陰陽や五行、八…
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太極拳譜考(208)人身太極解「至静と健身」

「神は心に出る。目眼は心の苗をなす。 精は腎に出る。脳腎は精の本をなす。 気は肺に出る。肺気は肺の原をなす。 視思の明は、心神を動かして、流るるなり。 聴思の聡は、脳腎を動かして、滑(なめ)らかなり。」 神という精神のエネルギーの働きは、心に表れる。そして、心の動きは、目に表れる。 精という粗大な肉体のエネルギーの働…
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太極拳譜考(207)人身太極解「頭、あご、耳と腎」

「腎は水、心は火、肝は木、肺は金、脾は土にして、皆陰に属す。 膀胱は水、小腸は火、胆は木、大腸は金、胃は土にして皆陽なり。 これは内をなすなり。 ロ丁は火、地閣、承漿は水、左耳は金、右耳は木、両命門は土なり。 これは外をなすなり。」 「ロ丁(ろちょう)」は「ロ頂」とも書く。頭のてっぺんのことである。 「地閣」は、下あ…
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太極拳譜考(206)人身太極解「太極、両儀、四象の人体観」

「人の周身は、心を一身の主宰となす。主宰は太極なり。 二に目は、日月となす。すなわち両儀なり。 頭は、天にかたどる。足は、地にかたどる。人中の人、中に及び、すなわち合わせて三才となるなり。 四肢は、四象なり。」 今回より講読をする「人身太極解」では、人体と宇宙(太極)が、密接な関係にあることを述べている。 その証明の方…
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太極拳譜考(205)陰陽転倒解「窮神達化の功」

「しかして性を尽くし、命を立つにあらざれば、窮神達化の功、なんぞ為らんや。」 「陰陽転倒解」では、太極拳の功の基盤となるのは、性を尽くし、命を立てること、とする。 性とは、精神的な境地のことである。 命とは、肉体的な境地のことである。 これら、二つが適切に練られることで、はじめて太極拳の功が得られるのである。 …
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太極拳譜考(204)陰陽転倒解「三才の完成」

「いわゆる人身は、一つの小天地たりて生成するは、天なり、性なり、地なり、命なり、人なり、虚霊なり、神なり。もし、これ明らかならざれば、なんぞ天地に配して三を為さんや」 太極拳では、人体を小太極、宇宙を大太極とする考え方があるが、ここに示した部分は、こうした太極拳の宇宙観がベースとなっている。 つまり、人身は、一つの小天地であ…
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太極拳譜考(203)陰陽転倒解「浩然の気」

「もし、思いの固(まこと)に有るを失わざるば、そそ功は浩然の正気を用いて、直(なお)く無害を養い、悠久無窮たれ。」 ここでは、孟子の説いた「浩然の気」が出てくる。また、書かれていることも、孟子が浩然の気について述べていることと変わらない。 孟子は、浩然の気は、この拳譜に「思い固(まこと)に有る」とあるように、心が静を得ている…
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太極拳譜考(202)陰陽転倒解「良知、良能を開く」

「それ人の身心のの如きは、天ての知能に致知格物すなり。すなわち人の良知、良能と言うべし。」 ここに述べられているのは、朱子学で言われることと同じである。 「致知格物」は、一般には「格物致知」とされることである。 「格物」とは、「理」を知ることである。道理を知ることである。これは、套路に示されている「拳理」を知ることであ…
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太極拳譜考(201)陰陽転倒解「森羅万象の『むすび』」

「いやしくも、よく天に参(まじ)わり、地を察(み)て、日月とその明の合うを与(とも)にし、五岳の四の華朽の涜(みだ)るるを与(とも)にし、四時の錯行するを与にし、草木の枯栄の並ぶを与にし、鬼神の吉凶を明らかにし、人事の興衰を知るなり。すなわち乾坤は、一つの大天地を為し、人は一つの小天地を為すと言うべきなり。」 「むすび」ということ…
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太極拳譜考(200)陰陽転倒解「天人地のむすび」

「道を知るは、人を遠ざけず。すなわち与(とも)にするは、天地同体たると謂(い)うべし。上は天、下は地、人はその中に在る。」 「道」とは「むすび」の働き、ということである。 この「むすび」の働きは、天地の姿で示されている、とする。天と地が「同体」であることによって示されている、というのである。 天地が同体であるとは、地の…
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太極拳譜考(199)陰陽転倒解「転倒の理と道」

「この陰陽転倒の理を明らかにするに、すなわち与(とも)にするを道というべし。道を知るは、須臾(しゅゆ)も離れるべからず。すなわり与(とも)にするを、人というべし。よく、もって人は道を広めるなり。」 さらに陰陽(水火)転倒の理について述べられる。 陰陽転倒の理とは、つまることろ「ともにする」ことである、というのである。「むすび…
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太極拳譜考(198)陰陽転倒解「一にして二、二にして一」

「故に、分かれて二となる、合いて一となるの理という。故に、一にして二、二にして一という。総じて、この理は、三をなす。天地人なり。」 太極拳の「法」の中で働く「理」のまとめである。 太極拳では、分かれて二となることも、一つになることも、ともに否定はしない。この二つがあることで、自然の本当の姿が見えてくる、とここでは教えている。…
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