テーマ:内丹秘訣

太上十三経 明鏡匣経(13)

太上十三経 明鏡匣経(13) 「水銀ただ一味、南方の火を離れず。乾宮に朱雀あり。坤宮に玄武あり。玄武は坤銀を産む。朱雀は黄土と化す。稟(う)けて会いて中宮に在らば、まさに水銀の死を得る。」(腎と心はひとつのものである。純陽の中の一陽、純陰の中の一陰があり、それらが交わることで丹の基礎が得られる。そこは身心が完全にひとつになることのでき…
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上十三経 明鏡匣経(12)

上十三経 明鏡匣経(12) 「父母、真精に媾(まじわ)らば、まさに水銀の子は死す。水銀死なば鉛となる。相(かたち)坤に類す。まさに土は土を坤として、嬰児を育つ。化して水銀の母を作(な)す。」(後天の陰陽ではなく、先天の陰陽が交わると変容の鍵である丹を得ることができる) ここでの「父母」とは後天の陰陽のことである。男女のことである。男…
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太上十三経 明鏡匣経(11)

太上十三経 明鏡匣経(11) 「もし、水銀を要(もと)むれば死す。先ずすべからくその母死すべし。母死して玄元に会わば、まさに朱サの父を配すべし。」(腎の安定を先に求めてはならない。はじめに虚の感覚を得る。そして心の安定を最初に得るのである) 「水銀」とは腎のことである。この安定を先に求めようとするとうまく行かない。「母死すべし」とは…
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太上十三経 明鏡匣経(10)

太上十三経 明鏡匣経(10) 「至楽は祖を離れず。祖を離れては丹ならず。丹なれば真の道理たり。牝鶏は雛たること能わず。母縁あるも父無し。空しく自ら単卵を抱かば、気散りて子をなさず。」(至楽は「一」を離れてはない。また「一」を離れては丹を得ることはできない。それは道理である。陰と陽とが適切に関係することで丹は得られるのである) 「祖」…
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太上十三経 明鏡匣経(9)

太上十三経 明鏡匣経(9) 「父母、真形を全くし、真の龍虎を失わず。龍虎はこれ黄芽にして、黄芽は真土たり。真土は至薬と為る。」(小宇宙は完成し、心と腎との交わりも本来のものとなる。これが本来のあるばき姿なのである。) 「父母」とは純陽、純陰のことで「乾坤」である。これは天地であり、これが体の中に完成することで小宇宙としての人体を得る…
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太上十三経 明鏡匣経(8)

太上十三経 明鏡匣経(8) 「水火結んで団を成し、夫婦自ずから相顧みる。男女また媾精するも、精を嫌いて男女を生まば、父の母と成らざるなく、母の父と成らざるなし。」(身心が整えば、その統一は自ずから生じる。それは先天のレベルにおいてなされるのである) 「水火結んで団を成し」とは身心の統一が生じることである。「団」とは統一状態をいう語で…
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太上十三経 明鏡匣経(7)

太上十三経 明鏡匣経(7) 「万物元祖に帰り、坤母、嬰児を育つ。乾父、妊女を育て、妊女 、嬰児に嫁する。また配して夫婦と為す。」(ここに小宇宙としての人体が整うことになり、心と腎との融合がなされる) 坤母とは純陰となった「腎」である。乾父とは純陽となった「心」である。ここでの「嬰児」は男の子を想定している。「妊女」とは妊娠をしている…
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太上十三経 明鏡匣経(6)

太上十三経 明鏡匣経(6) 「水火よく既済して、坤方の土を失わず。真母、通霊せざれば、すべからく正陽を用いて坎を補助し、離を復還すべし。」(心と腎とが安定して、純陰・坤の腎が安定する。この時には腎の安定が特に求められる) 既成は易で、上が「坎」で下が「離」である。坎は腎を表し、離は心を表すので既成は心と腎とが逆になることになる。これ…
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太上十三経 明鏡匣経(5)

太上十三経 明鏡匣経(5) 「黒鉛は真鉛にあらず。内に先天の水あり、シュ砂は真汞にあらず。内に玄元の火あり。 」(心の働きを鎮めるには心そのものに働きかけるのでない。腎に働きかけるのである。腎の働きを鎮めるには腎そのものに働きかけるのではない。心に働きかけるのである) 「鉛」は心を象徴するが、心の働きを鎮めるには腎の一陽(真鉛)に…
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太上十三経 明鏡匣経(4)

太上十三経 明鏡匣経(4) 「黄金のシュ(石に朱)砂は父、白金の水銀は母、壬癸は水中の精、得るを識れば戊己と為る。」(中宮の土にあって黄金は父であり、白金は母である。これに水が得られらば土(戊つちのえ、己つちのと)となる) ここでは黄金と白金、シュ砂(赤)と水銀(白)という対比で「父」と「母」が語られている。そこに「精」が入ることで…
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太上十三経 明鏡匣経(3)

太上十三経 明鏡匣経(3) 「二はすなわち火の精、庚方の父を失わず、壬水は黄金を生み、金は中宮の土を作る。 」(二はつまり火の精なのであり、金である父を失うことはない。また水は黄金を生むのであり、それは中宮の土となる) 一は「水」で、二は「火」とする。「水」は金の弟である「辛(かのと)」から水の弟である「癸(みずのと)」が生まれる…
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太上十三経 明鏡匣経(2)

太上十三経 明鏡匣経(2) 「一はすなわち水の基、東方の木を継続す。癸鉛は辛金を生み、白浄の瑩(えい)は玉の如し。」(「一」とはつまり「水」であり、これは東方の木から生まれたものである。また水の「鉛」からは金が生まれる。これは白く清らかな美しい玉の石のようである) 「一」とは「水」であるとする。これは神仙道でよく見られる考え方で「水…
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太上十三経 明鏡匣経(1)

太上十三経 明鏡匣経(1) 明鏡匣経(解説) 『明鏡匣経』については注釈が無い。内容がやや煩雑なためにあえて説明を避けたのであろう。そうしたこともあるので、今回は注釈も含めた解説をはじめに述べることとする。 「世人、一を識らず。一気、万物を生ず。もし人一趣を知らば、一、万事を得て畢(おわ)る。」(世間の人たちは「一」ということ…
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太上十三経 五廚経解(4)

太上十三経 五廚経解(4) 理を修めて志を離る。修めるを積むは離るるに符(あ)わず。志して志を修めざるは、己が業、己が無知たり。 〔修性の功(本来の自分を見つける修行)は、先ずは志がなければならない。その後にその志を捨てるのである。その志を持つとは、その志を用いるということである。そうであるから純粋にその志から離れるのである。そうな…
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太上十三経 五廚経解(3)

太上十三経 五廚経解(3) 五廚経(注釈) 〔唐の都(長安)の粛明観の尹イン(りっしんべんに音)真人は「つまり一気が泰和に和すれば、五臓は活発に働く。五臓が活発に働けば何をしても楽しみを味わうことができる。五神が静を得たならば、怒りを逃れることができる。この経は五臓の求めるところのものを記している。それを作るのが厨房である。そうであ…
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太上十三経 五廚経解(2)

太上十三経 五廚経解(2) 五廚経(解説) 『五廚経』の「五廚」とは五つの厨房のことであり、それは五臓に気を提供するところとされている。五臓の気は五行の気でもある。つまり、五つの廚で供される五行の気は個人の体だけではなく、全宇宙の存在に供されるものでもあるわけである。ただ、こられの五つの気の根本にあるのは「一気」であるとする。「一気…
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太上十三経 五廚経解(1)

太上十三経 五廚経解(1) 五廚経(本文訳) 一気(根源の気)が泰和とひとつになれば、一道(根源の道)を得ることができるので、すべては安らかとなる。すべてが和合すれば、あえて和合するということも無くなってしまうのである。玄理(究極なる道理)は玄際(究極なる和合)と同じことである。意識を意識すること無く、また雑念の無い状態を求めること…
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太上十三経 定観経役約解(9)

太上十三経 定観経役約解(9) 慧、遅速を発するは、すなわち人に由らず。定中急急慧を求むることなかれ。急なればすなわち性傷つく。傷つけばすなわち慧無し。もし定、慧を求めざれば、慧おのずから定に生ず。真智慧と名(な)づくるは用いず。実に智は愚なるが如し。資を益し慧を定む。双美きわまり無し。 〔定によって智慧が生じるが、それは自然に生じ…
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太上十三経 定観経役約解(8)

太上十三経 定観経役約解(8) 少なれば静已(せいい)を得る。すなわち行立坐臥の間に、事に渉るの処、喧噪の所、皆、意の安んずるを作(な)す。有事、無事、常に無心たるがごとく、処静、処喧、その志は唯一たる。 〔「少」とは僅かであるということである。「已」とは止まるということである。少しく静止することができれば、その上の境地に入ることが…
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太上十三経 定観経役約解(7)

太上十三経 定観経役約解(7) ただ動心を滅し、照心を滅せざれ。ただ空心を凝らし、住心を凝らさざれ。一法に依らざれば、心は常住たり。 〔念とは「動心」のことである。「照」とはつまり心を顧みる(返観)ことである。「空」とは無欲の心のことである。「住」とはつまり執着する心のことである。「一法に依らざれば」とあるのは全ての法は空であるから…
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太上十三経 定観経役約解(6)

太上十三経 定観経役約解(6) 定観経(本文 注釈) 〔定観とは、つまり仏教でいう止観のことである。「観」とは内観、外観、遠観、空観などの「観」であり、神は動揺することなく、内的には(内観)無心であること、外的には(外観)無形であること、長い時間を見る場合には(遠観)無物であること、空を見る場合には(空観)そのまま空であることである…
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太上十三経 定観経役約解(5)

太上十三経 定観経役約解(5) 定観経(本文) 天尊、左玄真人に告げて曰く それ道を修せんと欲するは、必ず先に事を捨てよ。外事、都(すべ)て絶えれば、カン(立心偏に午 乱れるの意)心に与(くみ)すること無し。しかる後、安坐し、心の起こるを内観す。もし一念の起きるを覚えたら、すべからく除滅して務めて安静にせしむべし。 その次に的(…
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太上十三経 定観経役約解(4)

太上十三経 定観経役約解(4) 定観経(解説) 『定観経』は注釈にもあるが、止観を解説していると解することができるであろう。止観とは仏教瞑想のことである。この語は天台宗でよく使われている。比叡山延暦寺は、最澄の建てた一乗止観院より発展したものである。一乗止観院のあった場所は根本中堂のあたりとされるが、そこはやや窪地になっている。ある…
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太上十三経 定観経役約解(3)

太上十三経 定観経役約解(3) 道を得るには大体、七つの段階がある。 一では心が鎮まる。これは難しくはない。そして、これまではいろいろな適切でない考えを持っていたと思えるようになるのである。 二ではいろいろな病気が治ってしまう。身心が爽快となるのである。 三では生まれながらに損なわれていたことを補うことができる。本来の自分に還る…
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太上十三経 定観経役約解(2)

太上十三経 定観経役約解(2) こうして事にあたれば悩むということは無くなる。そうであるからいろいろなことがあっても、煩わしいとは思わない。そうしたことを厭いはしないのである。あるいは強いて騒がしい処に身を置いてみる。つまり、物事にとらわれないことをして本来の自分の在り方(真宅)とする。とらわれるのは影響をされているからである。つまり…
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太上十三経 定観経役約解(1)

太上十三経 定観経役約解(1) 定観経 天尊が左玄真人に告げられた。 「道の修行をしようとするのであれば、まずは捨てることである。外的なことをすべて捨て去ったならば、心が乱れることもないであろう。そうした後に、坐って瞑想をして、心の動きを見つめるのである。もし、雑念が生じたならば、これをすぐに除いて、よくよく安静であるようにするべ…
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太上十三経注 赤文洞古経約解(4)

太上十三経注 赤文洞古経約解(4) 聖に入るの章 忘るるや目なればすなわち光溢れて極まり無し。忘るるや耳なればすなわち心常渕を識(し)る。両種を倶(とも)に忘るるは衆妙の門を絶(わた)る。 〔目の働きが静であれば智慧の光が自ずから生まれる。耳の働きが静であれば心は自ずから澄んで来る。無欲であればよく妙を観ずることができる。まさ…
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太上十三経注 赤文洞古経約解(3)

太上十三経注 赤文洞古経約解(3) 赤文洞古経(本文 注釈) 真を操(も)つの章 有動の動は、不動に出る。有為の為は、無為に出る。 〔「有動の動」とは「陽気」のことである。陽気は寂静の中から生まれる。そうであるから「不動に出る」とあるのである。「有為の為」とは「返還(本来の自分に還る)」ということである。返還は清浄であること…
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太上十三経注 赤文洞古経約解(2)

太上十三経注 赤文洞古経約解(2) 赤文洞古経(解説) 『赤文洞古経』のベースをなすのは仏教の唯識のような認識論である。あらゆる存在は自分が認識することで存在する、というものである。そうした存在を「象」とする。この世には絶対的な価値を持つものなどないのである。永遠なるものなどないのである。 『赤文洞古経』では「不老不死」とは「…
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太上十三経注 赤文洞古経約解(1)

太上十三経注 赤文洞古経約解(1) 赤文洞古経(本文 翻訳) 真実を知る 動というものは不動から生まれている。有為というものは無為から生まれている。意識(神)があるべきところに帰ればあらゆるものは静寂に帰する。こうした静寂な不動の境地にあれば気も鎮まる。気が鎮まればあらゆる物を正しく認識することができる。意識が正しくあれば、物…
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