道竅談 李涵虚(96)第十一章 五関を煉る

道竅談 李涵虚(96)第十一章 五関を煉る
そして最後の「煉神」では套路を超えて自在となることが可能となる。「還虚」というとひじょうに特殊なことのように感じられるかもしれないが、どのような武術でも形を覚える段階と試合などの自由に技を出し合う段階の練習とがある。本来は「試合」のレベルは自由な動きを導き出すためにあるのであるが、組織を守るために形の動きでなければ試合に勝つことができないようになっている場合が多い。これでは「試合」をする意味がないし、形に習熟する意味もなくなってしまう。そうなると「試合」に使える動きだけを練習した方が勝てるようになるからである。形の稽古はルールのある競技試合を前提としたのではその範囲を逸脱する部分が多すぎる。一定のルールや場所でないところで如何に攻防をするかを教えるものとして套路がある。また「試合」はあくまで「試み合う」程度のものでなければならない。