道竅談 李涵虚(43)第七章 後天の階梯

道竅談 李涵虚(43)第七章 後天の階梯
「後天」「後天中の先天」「先天」「先天中の先天」といった修行の階梯は武術においてもおおいに参考になる。武術にあっても一定の動きを修練することで人の持つ心身の動きを知らなければ、それを超えることはできない(後天)。また自分の心身の動きを知らなければ、套路の束縛から逃れる方途を実践することはできない(後天中の先天)。そうであるから「後天」の修行(套路の修練)を欠くことはできないのである。これを余計なものとして、いきなり「先天」(精神の修行)から始めてもうまくは行かない。普段の稽古で心身の自由を得たと思っていても危機的な状態になると、とたんに心も体も固まってしまうことはよく経験されるであろう。これは真の意味で「先天」が開けていない、つまり「後天」との関係性において「先天」が適切に開かれていないためなのである。

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