古道085

アイコンとしての弁財天(3)
宇賀神弁財天といった優れたアイコンがどうして日本で生み出されたのか、不思議でもあるが、このようなあるべき心身の状態は、本来だれものが有しているのであるから、これをアイコンとして見出すことは、ある意味でまったく自然なことであり、不思議ではないとも言えよう。
ではなぜ女神の上に翁である宇賀神が乗っているのか。神道でいうなら女神は和魂を示しており、宇賀神は荒魂の象徴とすることができよう。坎離の合一、つまり和魂と荒魂の合一は、和魂をベースとしなければならない、ということなのである。太極拳や八卦拳で柔や静をベースとするのも、そうでなければ、荒魂をうまく開けないからなのである。

太上十三経注釈(295)老子 第二十二章
注釈では「曲(かたよ)っている不完全なものがあるために、完全なものがある」として、「曲」があるために相対的に「全」が生まれるとしている。これは老子の基本的な考え方でもある。また同様に「減るということがあるあるから、増えるということがある」とも述べている。一方を決めることで、対極にある一方が生まれるわけである。太極拳の「太極」とは、「おおいなる対極」のことである。「曲」「全」や「減」「増」のあるのを認めつつ、それらが基本的には互換性の中にある「ひとつ」のものと考えるわけである。