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<<   作成日時 : 2017/07/05 18:39   >>

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陳微明の太極拳論(38)
六、気を動かすのは九つの連なっている珠のようであり、あらゆるところに到ることができるのである(行気は九曲の珠の如く、すこしも到らざるなし)
【「九曲の珠」とは、円活であるということである。四肢全身を円珠とするわけである。つまり、全身が太極の円となるということである。そうであるから相手の力を化せないところはないのである】

太上十三経注釈(554)老子 第三十六章
次の「まさにこれを廃せんと欲すれば、必ず固くこれを興せよ」も、同じことで、何かを止めようとするならば、先ずはそれを始めなければならない、というのである。始まりがあれば、終わりもある。それは太陽が昇り、沈むようなものである。しかし、人は「生」を喜び、「死」を悲しむ。これは人が天地の道理をよく理解していないからであると、考えたのが釈迦である。人は生まれるから死ぬのであって、それを喜び、悲しむのは真理を知らないからであると考えたのであった。
一方、道家では生死は等しく自然のこととしながらも、生を好むのもまた人として自然なことであるとする。生は好ましいものであるが、それにあまりに執するのもよろしくない。死は好ましくないものであるが、それにあまりにこだわってもいけない。そのように道家では考えるのである。

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