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煉丹修道
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両儀堂公式ブログ 2015年6月20日よりブログ名を変更しました(旧「福徳円満」)

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「ebisunoya9999」に「@gmail.com」となります。よろしくお願いします。 ...続きを見る

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2017/12/31 22:10
古道509
泄天機(21)基礎を作るのは呼吸である 〔評釈〕 「具体的には内的な視線で陰キョウをながめるのである。しかし、この時には真息が開いていなければならない。少しづつ息を吸うことで陰キョウを動かすのである。陰キョウは呼吸と共に勃(た)ったり、おさまったりする。これは世の造化と滅亡と同じである。こうしていると尾ロの前に霊的なスポットのあることが分かるようになる。このスポットの中では風が吹いているように感じられる。あたかも磁石が針を吸い寄せるように、天地の真気が陰キョウへと入って来るのである。気が体内... ...続きを見る

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2017/12/17 16:25
古道508
泄天機(20)基礎を作るのは呼吸である 〔評釈〕 「仙道の根本とはなにか。それは陽が生まれるその時にある」とは重要な指摘である。太極拳や八卦拳でも、先天真陽の一気の発動を重要とする。先天の気であるから陰陽をいうべきではないとすることもできるが、あえて「真陽」とするのは、それが生成にかかわるものであることを示す意図があるからである。 神仙道では、導引というヨーガのアーサナのようなものもあるが、武術が重視されるのは生成との関係があるためである。武術では特殊な動きが生み出される。これが「技」であ... ...続きを見る

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2017/12/16 16:24
古道507
泄天機(19)基礎を作るのは呼吸である 〔評釈〕 神仙道で求めるのは「全身が沖和する」ような境地である。全身の平衡の得られた境地である。「造化の働きが終わったならば、人の道は尽きたことになり、これより仙の道に入ることになる」とあるように人為による導きはあるレベルにおいて終えなければならない。仙の道とは無為の道のことである。有為(人為)の道から無為の道へと入るわけである。 無為の道で重要なことは「温養」や「封固」である。これらは、一定の境地を静に味わうことである。それにより聖なる境地が安定す... ...続きを見る

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2017/12/15 16:24
古道506
泄天機(18)基礎を作るのは呼吸である 〔評釈〕 「寂とした気持ちでただその境地を見守る」とは坐忘の根本となる秘訣である。どのようなレベルにあっても、これを忘れることなく修行をすればまちがいの生ずることはなくなる。「気が降りようとした時に、甘露を口に感じたら、それを飲むようにするべきである」とある部分も後世の混入かもしれない。こうした感覚を得る人もいるが、絶対にこうした感覚がなければならない、というものでもない。 次には「甘露は胸を通って絳宮まで至る。そうなると涼やかな感じを心に得るであろ... ...続きを見る

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2017/12/14 16:24
古道505
泄天機(17)基礎を作るのは呼吸である 〔評釈〕 「こうして背中が開き、脳にまで気が達するのであるが、ここで決して驚いたり、恐れたりしてはならない」とあるのは、小周天の感覚についての解説である。小周天はよく行われている瞑想テクニックの一つであるが、神仙道の中では中級とされている。それは意をして気を導く要素が強いからである。神仙道ではただ坐っているだけで良いとされるのである。 小周天を徐々に完成させて行くのが神仙道であるが一方、ヨーガではこれをクンダリニーの覚醒として一気に行う。こうした場合... ...続きを見る

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2017/12/13 16:23
古道504
泄天機(16)基礎を作るのは呼吸である 〔評釈〕 「丹田の火がさかんに起こって、両腎の働きが活発になる」これは神仙道の修行のもっともベースになることである。「腎」は生命力の根源とされる。これを活性化するには、下肢を鍛えなければならない。運動をして健康になるのは、「腎」の働きが活性化するからに他ならない。しかし、神仙道では「腎」を活性化しただけでは不十分であると考えるのである。 「こうした状態であること九息を保って、意をして尾リョから背中へと気を通すのである」とあるように活性化した「腎」を安... ...続きを見る

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2017/12/12 16:23
古道503
泄天機(15)基礎を作るのは呼吸である 〔評釈〕 ここからは新しいパートの「これを学ぶには『養』ということに注意をしなければならない」とする説明の評釈である。ここでも龍門派とされる門派の架具体的なテクニックが述べられているところも少なくなく、一般的にはあまり参考にならないところもある。先にも触れたが、こうした具体的な部分は後世の注が本文にまぎれたとする見方もある。神仙道の瞑想である坐忘は、ただ坐ることを専らとする。ただ、坐っていると自ずからあるべき状態が得られる。これが無為自然の行法なのであ... ...続きを見る

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2017/12/11 16:23
古道502
泄天機(14)基礎を作るのは呼吸である 〔評釈〕 「陰茎、陰嚢を両手で包んで、陰茎が熱くなるようにする。勃起すればより好ましい。こうして自分の陽気を出せば、天地の陽気もこれに応じて動くことになる。天地の陽気が自分の体の中に取り込まれるのである。これは決して意識をして行ってはならない。もし欲念が起こったならば、欲の火が燃えて、元陽は正しい状態ではなくなる。かえって天地から自分の体の中の陽気を奪われることになるのである」とある部分は後世の注釈の混入と考えられる。この部分は取るに足らないところであ... ...続きを見る

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2017/12/10 12:52
古道501
泄天機(13)基礎を作るのは呼吸である 〔評釈〕 「真息」を得るためには「心の中の気が下って下腹へと到る」ことが大切である。そのためには「坤宮に入る」ことがなければならないとする。ここで注意しなければならないのは「下腹」と「坤宮」を分けている点である。結局は下丹田に鎮まるということなのであるが、下丹田に気を鎮めるには下肢の安定を欠くことはできない。下肢を安定させるには下肢の強化と股関節の開放がなければならない。 心が静を得ることで気は下腹に鎮まることになる。ある程度、坐禅などの瞑想に慣れれ... ...続きを見る

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2017/12/09 12:51
古道500
泄天機(12)基礎を作るのは呼吸である 〔評釈〕 「鵲橋」とは体の前と後ろを循環する督脈(背中のルート)と任脈(胸のルート)をつなぐ部分のことで、口の中にあるとされる。口の中の上あごと下あごでルートが途切れるため舌を上あごにつけることで「鵲橋」となるというのである。 「上下の鵲橋の通じることと、胸が開くこととには、少しく関係がある」とは、全身に適切な気の循環が生じることと、体が適切な状態になり胸が開くということが等しく生ずるためである。そうであるから、「鵲橋」が通じたり、胸が開いたりすると... ...続きを見る

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2017/12/08 12:51
古道499
泄天機(11)基礎を作るのは呼吸である 〔評釈〕 「真息」については「吸って吐いての呼吸が循環して止むことがない」との説明がある。これは太極拳の呼吸をいう「綿綿不断」と同じである。「真息」がつまりは「胎息」であることはいうまでもあるまい。こうしたところからすれば太極拳を「呼吸」の鍛錬法と考えることもできるのである。 先にも触れたように植芝盛平は晩年、合気道の形を廃すること、また合気道は気形の稽古でであることを強調するようになった。合気道の形を廃するとは、攻防の技として合気道の技を見ないとい... ...続きを見る

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2017/12/07 12:50
古道498
泄天機(10)基礎を作るのは呼吸である 〔評釈〕 次に李泥丸の語った教えが記されている。「胎息」についてである。神仙道では呼吸のことをよく言うが、「これを意識をして行うと、いまだ自然の呼吸とは言えない」とあるように自然に行うことが大前提となる。静を得ることで、自ずから呼吸も正しいものとなると考えるわけである。これは太極拳でも同じで、太極拳のような動きをつけると、より呼吸の鍛錬は容易となる。太極拳では体の開合を重視するが、体の開合の動きをすることで、呼吸の開合も生ずるようになる。そうなると自然... ...続きを見る

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2017/12/06 12:50
古道497
泄天機(9)基礎を作るのは呼吸である 〔評釈〕 「精が漏れるような年齢を過ぎてから修行を始める」とあるのは、一般的な神仙道の修行者は大人になって、道の重要性を知って始める人がほとんどであるからである。こうした人は「必ず調心から始めなければならない」と教えている。心を静かに鎮めることから始めるわけである。心がある程度、調うと真息を得ることができる。そして真息とは「つまりは荘子のいう『踵の息』のことである」とする。「踵の息」は真人の息として荘子が例えて言っているのであるが、これは気が落ちた状態を... ...続きを見る

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2017/12/05 12:49
古道496
泄天機(8)基礎を作るのは呼吸である 〔評釈〕 「体が不調であれば精も漏れてしまう」とある。こうした状態では意識の働きをつかさどる神のエネルギーも充分な働きをすることができない。神仙道では身心をひとつのものと考える。よく宗教では神や心を重視して、体を軽く見る傾向もあるが、そうした立場は神仙道ではとらない。大本教などは「霊主体従」(霊が主で、体が従となる)を良しとして「体主霊従」を好ましくないものとした。神仙道ではあくまで「霊」と「体」のバランスが大切と考える。 同じことが「道体を守ることを... ...続きを見る

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2017/12/04 12:49
古道495
泄天機(7)基礎を作るのは呼吸である 〔評釈〕 「およそ人の神は精から生まれている。精は気から生まれている」とある。ここで示されているのは「気」を中心とする身体観である。気から精が生まれ、精からは神が生まれる。精、気、神の中で最も微細なエネルギーは神である。その次が気、そしてもっとも粗いのが精となる。重要なことは精、気、神のエネルギーのバランスを保つことである。 次いで「五気が充実すれば『営衛』となり陰陽を補うことができ、化して『精髄』となるのである」とするが、この「五気」とは木、火、土、... ...続きを見る

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2017/12/03 12:48
古道494
泄天機(6)基礎を作るのは呼吸である 〔評釈〕 「タクヤク」とは鞴(ふいご)のことであり、これは『老子』に出てくる。『老子』の第五章には天地を「タクヤク」のようなものとしている。つまり、天地の間にある「風」を鞴の風のように見たてているわけである。天地の間にある「風」は、人体にあっては「呼吸」である。天地の間に「風」のあることを言っているのは、老子に大宇宙(風)と小宇宙(呼吸)の考え方があったためであろう。『泄天機』でも、呼吸の重要性は説かれている。そして、人は「真息」を開かなければならない、... ...続きを見る

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2017/12/02 12:48
古道493
泄天機(5)基礎を作るのは呼吸である ...続きを見る

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2017/12/01 12:48
古道492
太上十三経注釈(685)老子 第四十二章 〔評釈〕 「還丹の術は、まったくもって至簡であり、至易である」とするフレーズは、内丹のことを記した古典によく見ることのできるものである。「至簡」「至易」の基本となるのはテクニックを極力使わないようにすることである。そして「自ずから」の働きの発動するのを待つのである。しかし、多くの人はそれを待つことができないで、違った方法を求めたりして、道を見失ってしまう。 一般に鄭子太極拳とされる三十七の套路を、鄭曼青自身は簡易式としていた。ここにあるように還丹の... ...続きを見る

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2017/11/30 12:47
古道491
太上十三経注釈(684)老子 第四十二章 〔評釈〕 注釈では、五行などの数字を用いての説明がなされている。これは真理としての「整合性」を言わんとしているもので、老子の言説も五行説も、それが共に真理であるならそれらに「整合性」を見ることができるであろう、とするところによる。中国の文化においてはこうした「整合性」を追究する傾向が強く、それはしばしば迷信へと入っていくことになる。 注釈でも「ただここでは『一』と言っているが、必ずしも『一』という必要はない」とあるようにこうした真理の「整合性」にあ... ...続きを見る

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2017/11/29 12:47

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