テーマ:外丹武学

古道567

「形意拳」雑感(4) 混元トウを復活させて道芸としての心意拳系、つまり岳飛「内経」の公開を考えていたらしい王向斉は一方で武芸の要素も捨てることができなかった。ために意拳では後に養生系と技撃系とに分けられることとなるのである。攻防の動きである形意拳系、内的なものを深める心意拳系ともにエクササイズを増やして体系が複雑になればなるほど、融合…
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古道566

「形意拳」雑感(3) なぜ、形意拳では道芸のエクササイズが失われたのか。それは道芸が戦いを避けるためのエクササイズであったことが原因している。形意拳(武芸)は攻防を行うためのものであったが、心意拳(道芸)は攻防を避けるためのエクササイズなのである。実戦ではできるだけ攻防を避ける方が好ましい。形意拳の中でも子午トウや三才式をは心意拳的な…
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古道565

「形意拳」雑感(2) 形意拳は「老三拳」から派生したとされる。これは中段突き(崩拳)の順歩、ヨウ歩、七星歩の三つであると考えらえる。これが五行拳、十二形拳へと増えて行ったのである。こうした課程で道芸部分は伝えられなくなった。 武術の基本は馬歩、弓歩、虚歩である。この三つの歩形を練らなければなかなか武術としての動きを会得できない。形意…
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古道564

「形意拳」雑感(1) 形意拳は「心意拳」と書かれることもある。「形意」も「心意」も中国語では「シン・イー」で同じ発音である。この違いに意味があるとする見解もあるし、口伝えであったために文字で記す際に違いが生まれたとする見方もある。 また形意拳は古い武術とされ、それは岳飛が作った「内経」に発するという伝説がある。「内経」の「経」は経文…
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古道452

付論 陳志進「太極拳の品格と効用(7) 太極拳を練る時には服を脱いで裸になってはならない。長袖の服を着て練るのが望ましい。そうすれば文雅な雰囲気にもなるものである。歯を強く食いしばることなく、目を大きく見開くこともないようにして、奇声を発することもないようにしなければならない。 およそ太極拳の効用としては、いまだ病気になっていない人…
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古道451

付論 陳志進「太極拳の品格と効用(6) 太極拳を練った後には、自分が太極拳を練習したかどうかにも執着することがない。太極拳の練習はこの無我の境地に入れば、どのような不都合も無くなってしまうことであろう。こうした境地に入れば自分が穏やかになるだけではなく、近くに居る人もまた知らず知らずにこうした境地に入ることになるのである。 太上…
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古道450

付論 陳志進「太極拳の品格と効用(5) これらは教えを汚すことになるからである。こうしたことからして、品格が高尚な人でなければ太極拳を学ぶことはできないのであり、高い忍耐力のある者でなければ学ぶことはできないのである。太極拳を学ぶ者は、気質の変化を得ることができる。粗暴であり短気であるような者は穏やかで安らかになるのである。 よく拳…
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古道449

付論 陳志進「太極拳の品格と効用(4) そうであるからこの術を得た者はまるで宝物を得たようにして、なかなか他人に伝えようとはせず、必ず深く伝えようとする人の徳行がよく行われているかどうか、をよく見て教えたものであった。それに教えている間の長い期間にわたって詳しく人物を見て、初めて秘訣を伝えたのである。拳術を学ぶ者は、必ず次の決まりをよ…
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古道448

付論 陳志進「太極拳の品格と効用(3) 張三豊祖師が各地を巡っていた時、文人が惰弱であるために、時に粗暴なる者に辱めを受けても抵抗するすべのないこを憐れんで、この世の中に太極拳を伝えたのであった。太極拳は柔をもって剛を制するものであり、弱をもって強を制し、無力をして強い力を打つものである。他人の力を借りて、相手の動きをさえぎることのな…
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古道447

付論 陳志進「太極拳の品格と効用(2) 張三豊祖師が太極拳を創始したのは、修道の士の静坐の功を助けるためであったのである。長く太極拳を練れば、護身の能力もついてくる。長生きもできるようになる。そうであるから歌訣には「太極拳の意義とは最終的にはどこにあるのか。それは益寿延年の不老の春にある」と記されているわけである。 太極拳を練る時に…
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古道446

付論 陳志進「太極拳の品格と効用(1) 太極拳は武当派の嫡伝である。張三豊祖師が鵲と蛇の争う様子を見て忽然と悟るところがあり、太極拳を考案したのである。おそらくは修道の士は、静坐の功が深くても、気血の流れにおいてそれが滞ってしまう恐れがある。山を行き野宿をしたりする時には、急に野獣に襲われてもなにもできないこともあろう。こうしたことに…
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古道445

付論 陳志進「太極拳と他の運動を比べる」(19) よく外功を練る者は力を鍛えることを第一とする。相手より強い力で攻防を行おうとするのであり、往々にして内的な功夫を軽く見ることがある。筋骨を鍛えている人は臨終に際して、その外的な功夫が邪魔をして、ひじょうな苦痛を受けることになる。命は終わろうとしているのに、功夫が肉体を死なせないのである…
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古道444

付論 陳志進「太極拳と他の運動を比べる」(18) 太極拳と各種の拳術を比べる 中国の拳術には、実に多くの門派があり、各地でそれぞれの特色がある。大体をいうならば、内的な功夫を練るもの、外的な功夫を練るもの、動きが華麗であるのに過ぎないものがあるだけである。武術的な動きをショーとして見せて生活しているような人たちは、ただ見せかけの派手…
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古道443

付論 陳志進「太極拳と他の運動を比べる」(17) おおよそ拳術は中国独自のものであり、地球上において他に見ることができないものである。柔術の中心は護身にあって、二人で練習することを主としており、一人での練習はあまりない。一人ではやることがないようなものである。 一方、太極拳は一人で練習するし、また相手を付けた練習にもおもしろさがある…
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古道442

付論 陳志進「太極拳と他の運動を比べる」(16) 太極拳と日本の柔術を比べる 柔術は中国の相撲を基にしている。日本人は中国の相撲を研究して柔術を作ったのである。日本の柔術(柔道)は現在、東アジアでひじょうに流行っており、組み合う格闘技をしてい中で十人の内、九人は柔術(柔道)をしている。また日本でも盛んに行われている。これは中国も相撲…
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古道441

付論 陳志進「太極拳と他の運動を比べる」(15) 楊露禅先生は七十余歳の頃に、よく川で釣りをされていた。ある時に二人が背後から攻撃をして来たのであるが、攻撃をした二人は先生の頭を越して川の中に投げ入れられたのであった。露禅先生は、何事も無かったかのように釣りを続けておられ、勁を発せられることは無かったという。 また楊鏡湖先生は八十歳…
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古道440

付論 陳志進「太極拳と他の運動を比べる」(14) 太極拳とボクシングを比べる ボクシングは、もっぱら力を重視するものであり、技巧を主とするものではない。二人で撃ち合うのであるが、その時には皮のグローブをつける。胸から上、頭から下を撃って、ダウンすると敗けになる。また、いろいろなルールがあって、はなはだ不自由である。面白味に欠けること…
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古道439

付論 陳志進「太極拳と他の運動を比べる」(13) 太極拳とサッカー サッカーでは頭を鍛えるし、肩も鍛える。足も鍛えられて、運動としては大変に良いものである。しかし、これを練習できるとは少年や壮年に限られることであろう。幼年や老年にある者にはこのましい運動とは言えない。太極拳の練習は肩を柔らかくし、肘をあげることなく、胸をリラックスさ…
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古道438

付論 陳志進「太極拳と他の運動を比べる」(12) 太極拳と陸上競技を比べる 陸上競技は若い者がやることであって、誰にでもできるものではない。また陸上競技は内的なダメージを受けることとが少なくなく、血を吐いたりめまいを起こしたりすることがある。陸上競技では、観客が選手を励ますのが特徴的であるが、勝った者はひじょうに困憊しており、顔面蒼…
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古道437

付論 陳志進「太極拳と他の運動を比べる」(11) 太極拳は、どのような職業の人であっても、毎日小一時間ほども練習をすれば、健康には良いし、護身の技術も身につくものである。一方、柔軟体操は、学校を卒業したり、軍隊を除隊したりしたら、これを毎日、練習する者が居るであろうか? 太極拳であれば、これを会得したなら、おもしろ味を覚えて、練習を止…
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古道436

付論 陳志進「太極拳と他の運動を比べる」(10) 太極拳と柔軟体操を比べる 柔軟体操は、西洋から伝わったもので、学校や軍隊で行われている。八段錦と似ており、護身に使えることはない。特におもしろいということもなく、西洋から伝わったものであるということでありがたがっているようなところがある。柔軟体操を数十年やったところで、たいした効果は…
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古道435

付論 陳志進「太極拳と他の運動を比べる」(9) 太極拳と弾腿を比べる 太極拳の動きは循環して途切れることがない。「常山の蛇」のように頭を打てば尾が反応し、尾を撃てば頭が反応をするのであり、どのタイミングでも勁を発することができる。相手に触れればすぐに勁を発することができるのであり、弾腿のように一旦、腕を轢かなければ相手を打つことがで…
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古道434

付論 陳志進「太極拳と他の運動を比べる」(8) 太極拳と弾腿を比べる 弾腿はイスラム族の間に伝えられた武術である。技法は極めて単純で今日、中国では広く練習されている。その動きは若干の違いは認められるものの大体において変わることがない。練習に際しては弾勁を第一としており、これ以外にはない。突いたり、蹴ったりを繰り返し、一人での練習の形…
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古道433

付論 陳志進「太極拳と他の運動を比べる」(7) 太極拳と八段錦を比べる しかし、八段錦を練習して健康になることはできるが、護身に役立つことはない。太極拳を練習しても、八段錦と同様に筋骨を柔らかに伸ばすことができる。気血の流れを良くすることもでき、体の内も外も共に整えることができるようになるのであり、全身が活力に満ちてくる。太極拳の練…
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古道432

付論 陳志進「太極拳と他の運動を比べる」(6) 太極拳と八段錦を比べる 八段錦は、中国の文人が実践していた体操の一つである。幾つもの種類があり、大八段錦、小八段錦、十二段錦、混言八段錦、九宮八段靠などがある。これを練る時には、リラックスをして、筋骨を伸ばすようにする。そうすれば気血の流れを良くするのに、ひじょうな効果がある。ただ一人…
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古道431

付論 陳志進「太極拳と他の運動を比べる」(5) 太極拳と「相撲(シュツ角)」を比べる 太極拳を練習すると、ますます健康になる。そして高い境地を得たならば、脳の働きもよくなる。一定の形に従って練習をして行くと、柔らかい体になる。そうなると相手を投げる技の妙が得られる。これは「相撲」を遥かにしのぐものである。楊露禅先生は、八十余歳の頃、…
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古道430

付論 陳志進「太極拳と他の運動を比べる」(4) 太極拳と「相撲(シュツ角)」を比べる こうした激しい練習をしているので、「相撲」をやる人は、年をとると両足の関節を曲げることが難しくなる。また「相撲」に入門すると、特別な稽古着を身に着けることになる。これは練習に際して、命にかかわるような事故の生ずることを防ぐためである。しかし、心得の…
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古道429

付論 陳志進「太極拳と他の運動を比べる」(3) 太極拳と「相撲(シュツ角)」を比べる また、「相撲」には片足立ちの練習もある。片足で立って、両手を広げ、体を真直ぐに立てるのである。これで長く立てるようになるまで練習をする。他にはサンドバックを用いた練習もある。手に6キロくらいのサンドバックを持って、交互にそれを蹴るのである。こうして…
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古道428

付論 陳志進「太極拳と他の運動を比べる」(2) 太極拳と「相撲(シュツ角)」を比べる ただ、「相撲」の練習は相当に激しいもので、早朝から晩まで、練習をし続けなければならないのである。「相撲」には、古墳墓駆け下りの練習がある。北方の古墳は上が急傾斜で、すそが広がっている。ひじょうに大きな古墳墓もある。練習に際しては、頂上から猛ダッシュ…
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古道427

付論 陳志進「太極拳と他の運動を比べる」(1) 太極拳と「相撲(シュツ角)」を比べる(シュツは、手へんに率) 「相撲」は内外の蒙古で盛んに行われている。またの名を「貫コウ(足へんに交)」という。先の清朝政府は、蒙古人による防備強化のために強く「相撲」を押し広めたのであった。そのため北京の保定などでは「相撲」がひじょうに行われていた。…
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