テーマ:道話

辰年特別論考「形意拳歌」(16)八卦歌訣8(三挺)

三挺とは何なるや。 くび、「挺」たれば、すなわち頭部は正直にして、精気は頂きを貫く。 脊骨(びていこつ)、腰、「挺」たれば、すなわち力は四梢(ぜんしん)に達し、気、全身に鼓(ふるいた)つ。 膝蓋(ひざ)、「挺」たれば、すなわち気やすらかにして、神やわらぎ、樹に根の生ずるが如し。 くびの「挺」とは、頭部をまっすぐに立てることで…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

辰年特別論考「形意拳歌」(15)八卦歌訣7(三曲)

三曲とは何なるや。 両うでは、よろしく「曲」たるべし。弓の半月の如ければ、すなわち力、富む。 両膝は、よろしく「曲」たるべし。弯(ま)がりたること半月の如ければ、すなわち力、厚し。 手首は、よろしく「曲」たるべし。曲がりたること半月の如ければ、すなわち力、あつまる。 これは、これ三曲という。 形意拳では、上腕、膝、手首に力…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

辰年特別論考「形意拳歌」(14)八卦歌訣6(三垂)

三垂とは何なるや。 気、「垂(すい)」たれば、すなわち気、丹田に降り、身の穏やかなること山の如かる。 両肩、下に「垂」たれば、すなわち臂(うで)長くして、活き、肩をぬき、肘を前にす。 両肘、下に「垂」たれば、両うで自ずから円(まどか)たりて、よく両脇を固む。 これは、これ三垂という。 「垂」とは、垂れるということである。リ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

辰年特別論考「形意拳歌」(13)八卦歌訣5(三抱)

三抱とは何なるや。 丹田は、「抱」たるを要す。気、外に散らざれば、敵を撃(う)つには、必ずよれ。 心気は、「抱」たるを要す。敵に遇うに主たることありて、変に臨みて、変ぜざる。 両肋は、「抱」たるを要す。出入りに、乱れずして、敵に遇うにあやうきことなし。 これは、これ三抱という。 丹田が鎮まっていれば、一定の心身の統一が保た…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

辰年特別論考「形意拳歌」(12)八卦歌訣4(三敏)

三敏とは、何なるや。 心は、敏たるを要す。怒れる狸(ねこ)の鼠をうつが如くなり。すなわち、よく機に随(したが)いて応変するなり。 眼は、敏なるを要す。飢えたる鷹の兎を捉ゆるが如くなり。よく預(あらかじ)め視て機のよろしきを察するなり。 手は、敏なるを要す。羊、これを飢えたるの捕らゆるが如くなり。よく先に発して、人を制するなり。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

辰年特別論考「形意拳歌」(11)八卦歌訣3(三円)

三円とは、何なるや。 脊背(せなか)は、円たるを要す。その力は、身をおおう。すなわち尾リョ(びていこつ)は中正にして、精神は貫頂すなり。 前胸は、円たるを要す。両肘の力はまったかる。心窩は微(かす)かに収め、呼吸を通順す。 虎口は、円たるを要す。勇猛よろしく外に宣(の)ぶ。すなわち手には、カ抱(おおいつつむ)の力あり。 これを、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

辰年特別論考「形意拳歌」(10)八卦歌訣2(三扣) 

三扣とは何なるや。 両肩は、扣たるを要す。扣すれば、すなわち前胸は空(あ)け、ひろがり、気力は肘にいたる。 手、背、足は、扣たるを要す。すなわち気力が手にいたれば、トウ、歩の力も厚し。 歯は、扣たるを要す。すなわり筋骨の緊縮するなり。 これは、これ三扣となすなり。 三扣とは、「束」の秘訣にかかわるものである。 両肩の…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

辰年特別論考「形意拳歌」(9)八字歌訣1(三頂)

三頂とは何なるや。 頭の向くは「上頂」たり。天を衝(つ)くの雄たるあり。頭は週身(ぜんしん)の主たるなり。上頂すれば、すなわち三関も通じやすし。腎気は、これによりて上、泥丸に達し、もって「性」を養うなり。 手掌は「外頂」す。推山の功ありて、すなわち気は週身を貫き、力は四肢に達す。 舌は「上頂」す。獅の吼えて、象を呑むの容(かたち)…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

辰年特別論考「形意拳歌」(8)七星歌

用いるは、必ず七体たれ。「頭」「肩」「肘」「手」「胯」「膝」と「脚」を合わせ、あい助けて友となせ。 ここに述べられているのは、身体の七つの部位が協調していることの重要性である。いうなれば、全身が協調することが大切であるとしているわけである。 「七星」は「七曜」「七字」ともいわれ、形意拳各派ですべからく重んじられて来た。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

辰年特別論考「形意拳歌」(7)六合歌

身は「鶏腿」「龍身」「熊膀」「鷹爪」「虎抱」「雷音」の六式となる。 「鶏腿」とは、足の指で地面をつかむようにすることである。腰の働きを充分に発揮するには、この秘訣を知っておく必要がある。 「龍身」とは、膝、腰、肩で力をためる秘訣である。形意拳では、力を出すよりも、溜める練習を主におこなう。力を出そうとするなら、溜めよ。動こう…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

辰年特別論考「形意拳歌」(6)五行歌

三節あきらかなりし後は、五勁あい佐(たす)く。サイ、撲、カ、束、ただ決は錯(あやま)つることなかれ。 「三節」とは、「梢節、中節、根節」のことである。三節は、それぞれ「手、身、足」とするのが基本である。三節は、全身の協調を教える秘訣である。 全身が協調して動くようになれば、形意拳で求められるどのような力の出し方(五勁)も使え…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

辰年特別論考「形意拳歌」(5)四象歌

四拳がすでに成れば、随機応変す。静かなることは山岳の如くして、動かばすなわち崩翻す。 四拳とは「頭拳」「挑領」「鷹捉」「粘手」のことである。 「頭拳」とは、頭による攻撃である。これにより相手の防御ラインを崩すことが可能となる(たんなる頭突きではない)。 「挑領」とは、相手の攻撃を跳ね上げることである。 「鷹捉」とは、相手…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

辰年特別論考「形意拳歌」(4)三才歌

八勢の中、三節をよろしく明らかにすべし。手、身および足は、八梢の中根たり。 八勢とは、劈拳、讃拳、崩拳、砲拳、横拳の五行拳と、燕形、ダ形、蛇形をいう。これらの拳に、形意拳のすべての動きが尽くされるとされている。 かんたんにいえば、八勢とは、形意拳のすべての動きと解してよい。 形意拳のすべての動きが、正しくあるためには、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

辰年特別論考「形意拳歌」(3)両儀歌

.鷹熊は志を競い、法と取りて拳となす。陰陽は暗合し、形意の源となる。 鷹とは、「伸」であり「陽」と考える。熊は、「縮」であり「陰」をとる。 鷹熊とは、つまり陰陽のことなのである。陰と陽は、共に自らの動きをしようとする。陰陽は、互いにまったく反対の働きを持つが、それが完全なる均衡、完全なる調和を乱すことはない。 陰陽の「…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

辰年特別論考「形意拳歌」(2)太極歌

心猿すでに動かば、拳勢はここに剛柔、虚実、開コウ、起落をなす。 *コウは「門」がまえの字で、「とじる」の意がある。 剛と柔、虚と実、開とコウ、起と落は、すべて太極のあらわれである。 「心猿」とは、軽やかに動く心の働きのことである。ひとたび心が動けば、人の動作においては、太極が生まれるのである。 形意拳の動きの根本は、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

辰年特別論考「形意拳歌」(1)無極歌 

人は太空に生まれ、争うことなく、競うこともなし。意境(きもち)は渾然として、シ影(まぼろし)に着かざるなり。 *シは「足」と「徒」の合わさった字。[足徒] 人は、本来的に争うことも、競うこともない世界に生まれているのである。しかし、多くの人は、これを忘れて、生きることは、争うこと、競うことと考えている。 常に「取るに足りな…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

謹賀新年 八仙過海と七福神と

日本では、ほとんど見られないが、中国では八人の仙人が船に乗って海を渡るという吉祥絵がある。日本でいうなら宝船に乗る七福神である。 かつて中央国術館で編纂された八卦掌の最後の技は、八仙過海であった。この技は、八卦拳の高度な境地である纏綿掌を表現しているのであるが、身法、歩法には形意拳の色合いが強い。 八仙過海も、七福神も、船に…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

辛卯の年を回顧する

今年は、3月におおいな災害が発生しており、現在も収束の方向性がみえていない。 なかなか武術を、研鑽するという雰囲気ではなかったことも事実であろう。 しかし、世の中が浮き足立っている時に、同じように右往左往していたのでは、武術を修した意味がなかろう。 少し立ち止まってみる。冷静になってみる。その方途として武術はあるべきと…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

打撃の秘伝

先日、書架を整理していたら松田隆智の『太極拳入門』が出てきた。前書きには、1973年と記されている。この本が兄の机の上に置かれていたのを見たのが、中国武術との縁のはじまりとなった。 第四章には「太極拳の秘伝と修行」として、いくつかの「秘伝」が紹介されている。その中で「打撃の秘伝」としては、「打 陰陽両不接」「打 気」「打 血」があ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

脳と穢(下)

四つ足時代に形成された脳や体のもつ構造的ともいう現在の矛盾は、もちろん脳や体を二足歩行の生活に適するように変えれば解消する。 ただ、体の方はなかなか変えることはできない。しかし、脳であればなんとかなるかもしれない。これが、「むすび」の武術の考え方である。 前回に紹介した池谷裕二によれば、筋肉を動かす時には、脳から「筋肉を動か…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

脳と穢(上)

心と体の統合は、およそ古今東西の神秘学の最大かつ根本的なテーマといってよいであろう。 また、神秘学以外でも、心と体の統合は重要と考えられている。 最近、脳学者の池谷裕二の以下のような発言を読んだ。 「身体が未だにうまく脳を使いこなせていないのかもしれません。 もっと言うと、脳が身体に馴染んでいない。脳ができたのは…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

唐手と空手、カラテ~崩壊するシステム~

「ちくま」(2011年10月号)に染織家で、沖縄美術の研究家でもあった鎌倉芳太郎についての研究論文が掲載されている。その中に、空手の船越義珍のことに触れた一節があったので紹介しておこう。 「ところで明正塾は学生ばかりでなく、沖縄から上京した者が暮らしていた。この時期、空手家・船越義珍(一八六八~一九五七)がいる。 本土に空手…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

広岡達朗の教え~忘れるまで練る~

スポーツ・ライターの二宮清純が、「広岡達朗1『指導者生活の原点』」(「本」2011年10月号)で、広岡達朗へインタビューをしているが、その中で広岡は以下のように言っている。 「人間はね、頭で覚えるものではなく体で覚えるんです。毎日毎日、同じことを繰り返していたら意識しなくてもできるようになるんです。 たとえば子供たちに、ちょ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more