テーマ:金華秘訣

三丹田の「応」を得る(接気生神章第七 その3)

「上りてはもって三開し、下りてはもって三閉す」 「三」とあるのは、上丹田、中丹田、下丹田のことである。 上る、下るというのは、周天のことで、進陽火、退陰符のことである。 ようするに上と下、開くと閉じるという陰陽の働きが適切に行われることの重要性を、ここでは言っている。 その鍵となるのは「天応星」「地応潮」である。…
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陰陽のバランス(接気生神章第七 その2)

「西南に朋を得るも、東北に類なし」 南西は「陰」であり、東北は「陽」であるとされる。 「煉形補気」により自らが「陽」となったならば、次に求められなければならないのは「陰」である。 そうであるから朋は南西(陰)に居て、北東(陽)には居ない、とするのである。 ここで重要なことは、陰陽のバランスである。 陽にばか…
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霊的な道と運動(接気生神章第七 その1)

「形もし足らざれば、これを補うに気をもってす」 葛玄は「煉形補気」が、神仙道の根本である、としている。 「煉形補気」が、充分であれば、「気壮にして自ずから霊たり」ということになる、という。 「煉形」とは、運動をする、ということである。 真の意味で、霊的な道を極めようとするのであれば、「煉形」を基本としなければなら…
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「天福」を得る(浮黎清濁章第六 その5)

「金光、彩を射(はっし)て、霊は中央にあつまる」 これは「聚精斂神」の境地であると葛玄は述べている。 肉体のエネルギーである「精」と、霊体のエネルギーである「神」が、ともに散ずることのない境地である。 我々の日常は、過度の欲望によって、「精」や「神」を、おおいに散じている。 これでは「寒暑を駆除」することもできな…
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「土」を得る(浮黎清濁章第六 その4)

「戊流れて己につかば、八極に光あわただし」 「戊」は「つちのえ」、「己」は「つちのと」で、ともに「土」に属する。 「戊」が流れて、「己」とひとつになる、ということは「土」の完成を意味する。 五行にあって「土」は、中心であり、また変容の象徴でもある。 心身の状態が、あるべき状態にあることを、「土」が調えられることで…
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心身の調整(浮黎清濁章第六 その3)

「百日にして判渙(わか)れ、清濁おのずから張(ひら)く」 過度の欲望にとらわれることなく、百日ほども過ごせば、心身の清い気は昇り、濁った気は下がるようになる。 これは、自然な気の流れが回復する、ということである。 一日に一回くらい、自分が過度の欲望に振り回されたようなことは無かったか、考えてみる。これを、百日続けるだけ…
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やり過ぎない(浮黎清濁章第六 その2)

「その精を揺らすことなければ、よって長生を得る」 神仙道の秘訣に「その形を労することなかれ。その精を揺らすことなかれ」ということがある。 「形を労する」とは、働きすぎる、ということである。これは仕事に限らず、遊びや修行においても、同じで、やり過ぎてはいけない。 「精を揺らす」とは、欲望に振り回されることである。 …
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黄白の境地(浮黎清濁章第六 その1)

「無極の土、もとは黄白を産む」 葛玄は「黄白」について、薬物である、としている。薬物というのは、また丹母であり、先天乾坤の精であるともいう。 つまり、無極の中に心身の変容の鍵がある、ということである。 太極拳でも、八卦拳でも、太極や八卦にとらわれていたのでは、本当のことは分からない。 そうしたものを、超えた境地に…
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鬼神を使う(水火化育章第五 その5)

「箕は旋(めぐ)り、斗は歴(へ)りて、鬼神を後にすることを策す」 「箕(き)」とは、星のことで、射手座の中の一つの星である。「斗」は、北斗七星のことである。 これらは、ともに天を周(めぐ)る動きをいうものである。 つまり、周天を行うことで、鬼神をも操ることができるようになる、ということである。 鬼神は、先祖の霊の…
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「腰間」を煉る(水火化育章第五 その4)

「金水、十六にして、万物の化することあつし」 「十六」は、偶数で、これは「陰」を示す。 金水とは、真水のことである。 金水は、腎に属するもので、坎卦で示される。陰陽陰である。 この中の一「陽」が化して、心に属する離卦に入る。これにより金水は、純陰となり、金火は純陽となる。 あらゆる心身の変化は、「腎」にある…
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正しい法を得る(水火化育章第五 その3)

「形を養うは、三五たり。法に合うは、晨昏たる」 三と五は、ともに奇数で、奇数は「陽」を表す。またこれは、後の文からして「十五」を示すものとも考えられる。「十五」であっても、陽であることには、変わりない。 「晨昏」は、夜明けと黄昏(たそがれ)のことである。 肉体を養うには、陽であり、その方法は、陰陽が転じる中でなされなけ…
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真火と真水(水火化育章第五 その2)

「水流はおのずから下る。火燥は昇騰(のぼ)る」 水の流れは、そのままであれば下るのが常である。火は、上に燃えあがるのが常である。 ここでは、陰陽の働きを、上下の動きで示している。 この世のものは、すべて陰と陽に分けることができる。そして、それぞれに性質を持っている。 陰陽の性質のもとに、これを一つにするのである。…
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本当の陰陽の合一(水火化育章第五 その1)

「日主、提携して、月宸は、ならびたすく」 主たる太陽は、月と協力して、ともに助け合う、ということである。「宸」とは、天子の住まいのことである。ここでは「月宸」で、月のことをいう。 すべての基本は、陰陽の合一にある、ということである。 陰陽の合一といっても、二つのものが、混じり合うことではない。 月が、太陽の光を受…
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超凡、入聖(壇炉鼎竃章第四 その5)

「鶏の三足の如くして、タクヤク光ゆるやかたり」 「鶏の三足」は、一般的には「烏の三足」の方が知られている。内丹道では「太陽」の象徴である。 そうであるから、金鼎の中は、太陽のように輝き、ふいごは、ゆるかかに光っている、というのである。 「三足」とするのは、鼎が三本の足を持っていることとも関連している。 タクヤク=…
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金鼎を煉る(壇炉鼎竃章第四 その4)

「中に金鼎を安んじ、造作するに方あり」 炉の中に鼎(金鼎)を据える。これには、方法がある、というわけである。 具体的な方法については、次に触れられている。 鼎は、丹を煉るためのものであるなら金鼎といわれる。 姿勢が正しくなければ、金鼎とはならない。 金鼎とは、心身に変容をもたらすことのできる姿勢のことなので…
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まるい動き(壇炉鼎竃章第四 その3)

「形は鍋釜の如く、まるくしてねんごろに相当たる」 鍋釜とあるのは、鼎のことである。 この丸い口が、太極を象徴すると考えるわけである。この丸い形の中で、陰陽が適切に触れ合っているのである。 ここで、重要なことは、陰陽を煉るのには、「丸」がひとつの重要な鍵になる、ということである。 「丸」は、動きとしては螺旋と、捉え…
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「炉」を作る(壇炉鼎竃章第四 その2)

「炉、一キョウを通して、陰陽連動す」 竃の上には、炉が築かれる。そして、炉の上には鼎が載せられる。鼎は三本足の鍋のことである。 これは、かつての食物を煮炊きしたころの竃の様子と同じである。 「キョウ」とは「穴」のことである。「穴」は「くぼみ」のことであり、これは鼎のことである。 鼎の中で陰陽が、ひとつにされて、丹…
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「福地」を選ぶ(壇炉鼎竃章第四 その1)

「その福地を選び、竃を置くこと、ただしきをなす」 丹を煉る修行をするには、先ず「福地」という良い場所を確保する必要がある。 ここに竃を築くことが、正しいやり方となるのである。 「福地」を選ばないで、竃を築いても、正しい丹は得られない。 太極拳や八卦拳における「福地」とは、気持ちの落ち着ける場所のことである。 …
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陰陽の外に超出する(神室変化章第三 その5)

「神通は広溥(こうふ)にして、感応に差(さ)なし」 「神室」である「腎の働き」が、変化をして、本来あるべき姿となれば、神通は無限で、天地の動きをも正しく感じることができる、と述べている。 葛玄の解説には「陰陽、易数の外に超出す」とある。 陰陽や易、数(天地の法則)といった、後天の世界の呪縛から完全に自由になることができ…
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運気もあがる(神室変化章第三 その4)

「五星サン合して、万霊嘉(よろしき)をみちびく」 五星とは、木星、火星、土星、金星、水星のことで、五行のことである。 つまり、「腎が安定すれば、五行の気はまとまりを得て、運気も良くなる」ということである。 腎が安定をする、とは、心身のバランスが適切である、ということである。 心身のバランスが適切であれば、五行の気…
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玉の花を開く(神室変化章第三 その3)

「骨肉は金玉たり。開けば、瓊花(かいか)となる」 「瓊花」とは、玉(ぎょく)で出来た花のことで、すばらしいもの、ということの例えである。 ここでは「肉体こそが本当に黄金や宝玉のように大切なものなのである。これを正しく調えれば、すばらしい日々が得られる」と、教えている。 一般に宗教的な行法では、肉体を軽視したり、あるいは…
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一点の虚(神室変化章第三 その2)

「上下の両釜、中は虚にして、寸窩あり」 意味は「上の釜(天)と、下の釜(地)は、ひとつであり、ここにはわずかなる虚がある」ということである(窩は穴の意味をもつ)。 上の釜というのは、半月のような形をイメージしている。太極の半分(陽)である。一方、下の釜は陰の部分である。 太極図は、太極拳の双魚図では、陰陽が勾玉状の形で…
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動きに静を得る(神室変化章第三 その1)

「室は鶏子に象る。黄白は一家たり」 これは「神室は、卵のようである。黄色いところと、白いところが、ひとつになっている」ということである。 「神室」は、どこか人体の特定の部位にあるのではない。具体的には、どこにも特定できないが、働きとして存している。ために神仙道では、これは「虚」の世界にあるとする。 神室の変化とは、おも…
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腎の安定(求真踵息章第二 その5)

「金を安んじて、水を益す。砂コウ、凝神す」 ここでは、「腎」の働きが安定することが述べられている。 「腎」は、八卦では坎卦、水に属するとされる。「精」という肉体的なエネルギーを生み出すところである。 「コウ」は、「水」の上に「工」の字で、水銀を意味する。 「砂コウ」は意味がとれない。解説では「世の人、まさに凡砂、…
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穢のない状態(求真踵息章第二 その4)

「煉りて乾道を成す。凡を脱して、真を成す」 「真金」を煉って乾道をなす。これは凡俗を脱して、真聖を得る、ということである。 「真金」は、太極拳や八卦拳では「至静」となる。 「至静」は、それを得ただけでは、充分ではない。 「至静」を煉り、育てなければならない。不断の習練をしなければ、けっして真聖の境地に入ることはで…
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仲間を得る(求真踵息章第二 その3)

「金水類いを得て、火数更(か)わることなし」 「金水」は、その仲間を得るのであるが、それによって火の状態が変わることはない、ということである。ちなみに「数」には、状態といった意味がある。 「金水」の仲間とは、「銀火」のことである。 「金水」と「銀火」が出会うことで、ひとつの完成した状態が生まれるのである。 「金水…
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「動」を尽くす(求真踵息章第二 その2)

「黒尽きて白あらわる。号して真金と曰(い)う」 黒(陰)が尽きてこそ、白(陽)が表れるのである。こうして「真金」なるものが出てくるのである。 金は、「陽」のことである。一方、銀は、「陰」とする。 「真金」とは、陰より表れた真の陽のことである。これは、一般的には先天真陽の一気などという。 太極拳や八卦拳でいうならば…
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反対にあるもの(求真踵息章第二 その1)

「黒中に白あり。天地は形を煉る」 「黒」とは「陰」のことである。 「白」とは「陽」のことである。 黒の中に白がある、とは、陰の中に陽のあることを言っている。 「天地は形を煉る」とは、「陽」である天と、「陰」である地とが、交わりを持つことで、万物が育まれていることを言っている。 本当に求めるべき「陽」は陰の中…
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永遠なるものを感得する(採金定水章 第一)

「一の経緯を配して、霊父を感得すれば、まさに聖体をなすべし」 意味は以下である。 「根源の一を知ることができれば、 根源の気を感得することができる。 そうなれば、聖なる体を開くことができる」 本文では「霊父」とのみあるが、葛玄の註には「霊父、聖母の気」とある。これが基となって、丹が得られるとしている。 「聖体…
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シンボルとしての「水」(採金定水章 第一)

「一の水を採り、一の癸(き)を除きて、一の数を定む」 意味は以下である。癸は「みずのと」で、五行の水に属する。 「根源の水を採って、物的な水は採らない。 こうすることで、根源が定まる」 老子も、道のシンボルとして、水をよく用いている。 ここでも同様である。「水」を知ることが大切なのである。 太極拳でも、そ…
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