道竅談 李涵虚(92)第十章 精、気、神を養う

道竅談 李涵虚(92)第十章 精、気、神を養う
液とはつまり気と化するということでもある。その後に河車を転ずる。さらに気が精を生じ、精が神を生じる理がある。これは「白雲上朝」と称する。甘露は下って、坎陽を導いて、離陰を滅する。
〈補注〉「逆」修における河車は精を煉って気と化し、さらに気を煉って神と化するのであるが、「順」修では河車を巡らせる前に既に下丹田では神と気、精が融合した状態となっている。そうであるから自然に河車は巡ることになる。太極拳などの武術の修行でも拳の修練によって神、気、精が融合していれば混元トウや瞑想をした時に河車を自ずから巡らせることができる。こうした状態で河車を巡らせると神や気、精が活性化される。「白雲上朝」とは白雲の上に昇るということで仙界(先天の世界)に入ることを意味している。「甘露」が下るとは先天の世界が開かれるということである。そうなると「腎=坎(陰陽陰)の一陽が開かれ、「心=離(陽陰陽)」の一陰が滅せられる。つまり「坎」は純陰となるのであり「離」は純陽となる。「乾坤」は天地を示すものであるから、ここに人体において天地(小宇宙)が完成して大宇宙たる天地と一体となる。