道竅談 李涵虚(87)第十章 精、気、神を養う

道竅談 李涵虚(87)第十章 精、気、神を養う
逆修の道を行えば、つまり精は化して気となり、気は化して神となる。また順修の道を行ったならば、神は気を生じ、気は精を生じさせることとなる。どうして逆修を行うのであろうか。それは神、気、精が本元(先天)から出て後天へと変じているからである。
〈補注〉神仙道の修行は「逆」修の道を行う。無為自然を唱える神仙道でなぜ「逆」をとるのか、はよく疑問視されるところである。これについては神、気、精が後天へと変じたものであることをあげている。神、気、精は先天の元神、元気、元精から後天の神、気、精へと変じていると考える。この先天の世界は「虚」であり、後天は「実」である。本来、人には虚実がそなわっているが、もっぱら「実」の世界にとらわれている。そうした生き方では適当ではなく、自然そのままの虚実をともに知る生き方が人としてあるべきであると教えるのである。