道竅談 李涵虚(84)第十章 精、気、神を養う

道竅談 李涵虚(84)第十章 精、気、神を養う
神と気が融合して静、柔が得られたならば、ここに先天が開かれる。いうなら神(心)も気(体)の共に「柔」としても良いし、共に「静」とすることもできる。あるいは神を「静」として、気を「柔」としてもかまわない。太極拳では覚勁、トウ(立心偏に董)勁の段階があるとする。これは心に静を得た段階を覚勁、体に柔を得た段階をトウ勁とする。覚勁は感覚が微細になって自分や相手の「勁(武術的な心身の動き)」の働きをつかむことができるようになったレベルであり、トウ勁はそれが自由に使うことのできるレベルとされる。

道竅談 李涵虚(83)第十章 精、気、神を養う

道竅談 李涵虚(83)第十章 精、気、神を養う
〈要点〉
ここで見るべきは「順」の修行の奥義が明かされているところであろう。一般の神仙道では煉精化気、煉気化神、煉神還虚などとして精から神を煉る階梯をとるが、「順」では神と気の融合から始める。これは太極拳などの修行法と同じである。太極拳では先ず「静」を得ることを求める。「静」を得るには自分を捨て(捨己)なければならない。己への過度な執着を捨てることで心が柔らかくなって「静」が得られると教える。そうなると「神」が鎮まり、「気」との融合が起こる。これにより体の「柔」が得られる。この段階が小成とされる。つまり心の「柔」が体の「柔」に及ぶことで真の「柔」が得られるわけである。

道竅談 李涵虚(82)第九章 薬の種類

道竅談 李涵虚(82)第九章 薬の種類
三年と三月は違った意味があるわけではない。面壁了命は「陽砂」を養うことである。形と神をして共に妙ならしめるのであり、本当の教えは虚空へのとらわれを打ち砕き、限りのない変化を促すものである。九年とは九転大還の意である。
〈補注〉三年と三月(百日)とは基本的な心身の合一を得る段階である。一方、九年は面壁でより深い合一を得る。三月、三年のレベルでは時にテクニックを使うこともあるが、九年になるとただ自分の内を感じるだけとなる。既に触れたように煉己は神仙道でいわれることであり、面壁は仏教でいうことである。これらは実質的には同じであるが、肉体のエネルギーの充実を重んじる煉己では了性を言って、精神の安定を重んじる面壁では了命をいうのは逆のように思われるが、あえてそうすることで肉体と精神がともにバランスよく充実したものとなることを示している。

道竅談 李涵虚(81)第九章 薬の種類

道竅談 李涵虚(81)第九章 薬の種類
煉己了性は「陰砂」を養うことである。内にあっては精を重視し、気をのびやかにして、外にあっては外的なことに心を煩わされることなく、身心の二つを安定させる。
〈補注〉「陰砂」「陽砂」という言い方は「丹砂」から来ている。これは辰砂から水銀が得られるなどの化学変化を観察することで不老不死の秘密を解き明かそうとする過程のあったことから来ている語である。煉己は心の悟りを得ることで、「了性」と同じ意味である。つまり心に「静」を得ることで心は安定し、それによって腎にも「静」が得られることでその安定につながるということである。

道竅談 李涵虚(80)第九章 薬の種類

道竅談 李涵虚(80)第九章 薬の種類
大丹が「凝」合した後、炉の中は赤く輝くようになる。また外炉の符火(退陰符)を行って、火加減をして、「鉛」を純陽(乾)とする。そうすることで「汞」を現し「陽砂」を成すことができる。
〈補注〉「大丹が『凝』合した後」とは心身が安定して「無為自然」の感覚が得られた状態をいう。簡単にいえばあまりこだわり、執着がなくなった状態といえようか。「炉」とは下丹田である。それが活性化するようになることを「赤く輝くようになる」としている。外炉とは、イメージを使って小周天を行う時の下丹田をいうものである。イメージを使って気を上げることを「進陽火」、下げることを「退陰符」とする。下丹田(外炉)が活性化すると「進陽火」が可能となる。それと同時に心身に「静」が得られると「退陰符」も起こるようになる。これが周天の成就した状態である。「『汞』を現し」とは心に「静」を得ることで腎が正しく活性化することである。腎が欲望、煩悩により「活性化」すると過度に腎を使うことになり、結局は自分自身を滅ぼすことになる。そうであるから腎の活性化は必ず「静」を得ることを前提としなければならない。

道竅談 李涵虚(79)第九章 薬の種類

道竅談 李涵虚(79)第九章 薬の種類
「鉛」と「汞」とが出会って大丹に還る。小丹を煉る時、腹の中は心地よく酔っているようであり、また子午の周天が生じているようでもある。これを修していると次第に「凝」が得られてくる。これはつまり「鉛」を「汞」とへ投じて「汞」を制している状態であって、「陰砂」を成すことになる。
〈補注〉「子午の周天」は小周天がイメージを使って任脈と督脈に気を巡らせるのに対して周天の本来の状態である心・鉛と腎・汞の合一を得ていることをいうのであって、この段階になるとイメージを使って気を巡らせる必要はない。「子午」は上丹田と下丹田をいうもので、これは心と腎をも象徴している。イメージによる小周天をしばらく修していると、ある種の心地よさを覚えるが、さらに習熟をするとただ心を鎮めるだけで同様な感じ(腹の中は心地よく酔っているようであり、また子午の周天が生じているようでもある)が生じるようになる。こうなるとあえてイメージを使うことなく、ただ坐るだけにする。これを「温養」という。「鉛」を「汞」とへ投じて「汞」を制している」とは心(鉛)の静をして腎(汞)を制することで、これにより生命エネルギーを適切に制御して煩悩、欲望の執着から脱しようとするのである。

道竅談 李涵虚(78)第九章 薬の種類

道竅談 李涵虚(78)第九章 薬の種類
先天の「鉛」と「汞」は同類の陰陽であり、「戊土」をなす。「戊土」とはつまり「外鉛」である。火候を調節して「己土」とひとつにする。「己土」とはつまり「内汞」のことである。
〈補注〉「戊」は「土の兄(つちのえ)」で、「己」は「土の弟(つちのと)」である。つまり「戊」と「己」は本来が「土」に属するものであるから一体化するわけである。これと同様に「鉛」と「汞」も同類であるから一体化することになる。つまり「鉛」は心で「陽陰陽(離卦)」、「汞」は腎で「陰陽陰(坎卦)」これらは共に陰陽を含んでいる(陰陽互蔵)ので、交わりを持つことができるのである。これに対して天(陽陽陽)と地(陰陰陰)は交わることがない。神仙道では「同類」を求めることが重要とする。「同類」が交わることで新たなものを生むことが可能となるのである。

道竅談 李涵虚(77)第九章 薬の種類

道竅談 李涵虚(77)第九章 薬の種類
後天の「鉛汞」は金鼎で煉って薬を生むが、この薬は「外鉛」である。ここにあっては河車を巡らせて「流珠」を制する。「流珠」とはつまり「内汞」のことである。「鉛」と「汞」とはともに関係をして小なる丹を結ぶことになる。
〈補注〉「鉛」は心、「汞」は腎をいう。「鼎」は上丹田で、「炉」が下丹田である。「鉛汞」を金鼎で煉るとは腎のエネルギー(気、精)を神と融合させて浄化することをいう。「流珠」は浄化が失敗して、後天の精として流れることをいう。こうなると再び煩悩、欲望にとらわれるようになる。これを流さないように浄化を続けることが望ましいとする。「珠」とは一種の安定した瞑想状態を表している。「珠」のようにまとまりのある状態である。日本でも「魂」を「たま」というが、これは「珠」のような状態があるべき状態と考えていたためであろう。

道竅談 李涵虚(76)第九章 薬の種類

道竅談 李涵虚(76)第九章 薬の種類
後天の「坎離」(の段階で)は元神と元気の交わりをして、丹基を築き、小薬を生むことになる。先天の「坎離」は真陰と真陽が交わって丹基(つまり丹母)を立てて、大薬を生むのである。
〈補注〉元神と元気は先天に属するものとするのが通常である。これは後天の神、気、精に対するもので、これらの根源にあるのが先天の「神、気、精」であるところの元神、元気、元精であるとする。ちなみに先天の真陰、真陽という言い方は他では見ることがない。元神との交合をいう場合には元神と元精とすることが多いが、精と気は同じとみる門派もあるので、元神と元気の交わりは、元神と元精の交りと同じとすることができる。元神は神に対し、元気(元精)は気(精)に対している。
心=神=元神=真陰(心 離卦〈陽陰陽〉の一陰)
腎=気(精)=元気(元精)=真陽(腎 坎卦〈陰陽陰〉の一陽)

道竅談 李涵虚(75)第九章 薬の種類

道竅談 李涵虚(75)第九章 薬の種類
三年の煉己をして「性」への悟りを得る。九年面壁をして「命」を悟る。
〈補注〉還丹を得たなら三年の煉己を経て、九年の面壁の修行をすることになる。門派によっては還丹で修行が成就したとすることもある。得小薬、得大薬、得丹は煉精化気、煉気化神、煉髪還虚にあたり、最後の還丹は還虚合道となる。西派ではこれに煉己と面壁を加えるが、これらは温養、封固とされるような段階で、ただ静かにしているだけの修行となる。加えて煉己と面壁は「静」を味わう境地を神仙道的にいうか、仏教的にいうかの違いであるに過ぎず、同じことともいえる。西派であえて煉己三年、面壁九年とするのは、ただ「静」を守る修行がきわめて重要であることを教えるためである。

道竅談 李涵虚(74)第九章 薬の種類

道竅談 李涵虚(74)第九章 薬の種類
〈本文〉
先天と後天の学びには、薬の違いということもあるが、それら本質的な違いはなく、ただ大小をいうに過ぎない。ここでは先天の薬と後天の薬の似ているところを挙げておこう。後天においては「坎離」をして丹基を築き、同様に先天でも「坎離」をして丹基を立てる。後天は「鉛汞」をして小なる丹を結び、先天でも「鉛汞」をして大なる還丹を行う。
〈補注〉「坎離」とは腎と心である。つまり体と心の調和を得たことをして「薬」を得るとするわけである。「鉛汞」も、心と腎であり、これが調和することで「丹」を結ぶとする。歴史的には「坎離」は易の理論で神仙道を説明しようとした中から生まれた概念で、「鉛汞」は錬金術から生まれたものである。神仙道ではそれぞれの門派で「坎離」をいったり「鉛汞」を使ったするが、いづれも心身の調和を得た境地を示すものとなっている。通常は「坎離」は得薬で後天の修行をいい、「鉛汞」は得丹、還丹で先天の修行をいうものとするが、西派では「坎離」「鉛汞」それぞれに「薬」と「丹」とし、またこれらの修行を還丹へいたるものとして丹基から得丹、還丹への階梯を示している。

道竅談 李涵虚(73)第九章 薬の種類

道竅談 李涵虚(73)第九章 薬の種類
八卦拳では「力」を得る段階、「気」を得る段階、「力気合一」を得る段階があると教える。これらを貫くのは「ネイ〈手偏に寧〉」勁である。「力」は套路を正しく練ることのできるレベルであり、これにより適切に身体を運用することができるようになる。次の「気」ではネジリの感覚を得る段階である。ただ手をひねっているのではなく体全体と連動した「ネジリ」が感じられるようにならなければならない。そしてその感覚が深まり、套路を練る時に「ネジリ」と内的な力の動きが一致する境地に入るのが「力気合一」である。形意拳ではこれを「易骨」「易筋」「洗髄」として教えている。

道竅談 李涵虚(72)第九章 薬の種類

道竅談 李涵虚(72)第九章 薬の種類
西派では「知行合一」を「薬」「丹」「面壁(煉己)」の三段階として説いている。「薬」で最初の「知行合一」の体験を得る。ついで「丹」では深く「知行合一」を得る。そして「面壁」ではより深い体験をする。楊露禅が陳長興に三度、拳を問うたとする伝説も「薬」「丹」「面壁」と同じである。これらを太極拳の修行でいうなら套路を練って柔の感覚を得ること(覚勁)が「薬」を得ることになる。露禅は柔を得たことで新たな境地を知って陳長興と同じ強さを得たと思い、故郷に帰って武術家と試合をするが勝つことができなかった。そこで再び教えを乞うと「剛」を体得することができた。これは力の集中をいう(トウ〈立心偏に董〉勁)。これには坐掌の発勁の秘訣がある。露禅は満足して故郷に帰り、試合をしたところ無敵であった。しかし、いまだ師に及ばないところのあることを感じた露禅は三度、長興のもとに赴く。そして「静」の境地を得たのであった(神明)。これにより真の柔を露禅は知ることができたのであり、剛柔を自在に使える境地に入ることができたとされる。

道竅談 李涵虚(71)第九章 薬の種類

道竅談 李涵虚(71)第九章 薬の種類
陽明学では「知行合一」という教えがある。これは「知」ることは「行」いの中から得られるのであり、「行」うことは「知」ることから発せられるとする考え方である。つまり内的な知は行動の中から得られ、行動は内的な知によってなされるということである。太極拳の最後には「合太極拳」とある。これは太極拳を練ることで内的な知が得られたことを示しており、これより正しく日常の「行」いに入ることができることを象徴的に教えている。また八卦拳の八母掌では最後を「麒麟吐書」とする。これは麒麟が表れて書を吐いたことが聖人(孔子)の出現を告げるものであったとする故事からきている。つまり八母掌を練ることで「知行合一」が得られて「聖人」と等しく行動できるようになったことを象徴しているわけである。

道竅談 李涵虚(70)第九章 薬の種類

道竅談 李涵虚(70)第九章 薬の種類
神仙道や道家、儒家、中国的に展開した禅などの仏教に通底する「瞑想行」を神仙道では化学変化(煉丹)や天体の動き(周天)などをもって説明しようとした。また禅や儒家(朱子学や陽明学)では、仏典や儒典を離れてその境地を説明しようとしたのであるが、これらでは常にテキストを否定する派とある程度はそれを認める派に分かれることになる。神仙道でもただに「無為自然」であれば良いとする考え方もあるが、これらを突き詰めると修行そのものが成り立たなくなる。西派ではできるだけ神仙道の歴史の中に涵養されて来た行法の遺産を受け継いで、最終的にはそれを超越しようとする。築基(得薬)、還丹百日、煉己三年、面壁九年とするのは、それ以上は「修行」にとらわれてはならないということでもあり、特に築基から還丹までが短いのが特徴である。多くの門派では築基は百日であるが、得薬三年、還丹九年とする。その場合には煉己や面壁は階梯に入れない。

道竅談 李涵虚(69)第九章 薬の種類

道竅談 李涵虚(69)第九章 薬の種類
神仙道ではよく後天の修行、先天の修行などというが、これらについて分かりやすく説明しようとしたのが朱子学以降の儒学である。もちろん儒学にあっては神仙道の解説をするという形はとらない。しかし実質的には「静坐」という神仙道の「坐忘」と同様の瞑想をベースにしているので、自ずからその境地は神仙道と変わらないものになってしまう。ちなみに西派ではこれを「面壁」とする。そうなると仏教とも同じということになる。「面壁」とは達磨が壁に向かって坐禅を九年おこなったという故事による。また「坐忘」は『荘子』で孔子第一の弟子である顔回が修していたとする文脈おいて出ており、何事にもとらわれない境地を顔回は得ていたとする。つまり道家と同じ境地を得ていたので孔子は顔回を第一の弟子と考えたとするわけである。実際に顔回が坐忘をしていたとは考えにくいが、儒家、道家、仏家に共通するある種の瞑想の境地があるという考え方は古くからあったことがこれで分かる。

道竅談 李涵虚(74)第九章 薬の種類

道竅談 李涵虚(74)第九章 薬の種類
〈本文〉
先天と後天の学びには、薬の違いということもあるが、それら本質的な違いはなく、ただ大小をいうに過ぎない。ここでは先天の薬と後天の薬の似ているところを挙げておこう。後天においては「坎離」をして丹基を築き、同様に先天でも「坎離」をして丹基を立てる。後天は「鉛汞」をして小なる丹を結び、先天でも「鉛汞」をして大なる還丹を行う。
〈補注〉「坎離」とは腎と心である。つまり体と心の調和を得たことをして「薬」を得るとするわけである。「鉛汞」も、心と腎であり、これが調和することで「丹」を結ぶとする。歴史的には「坎離」は易の理論で神仙道を説明しようとした中から生まれた概念で、「鉛汞」は錬金術から生まれたものである。神仙道ではそれぞれの門派で「坎離」をいったり「鉛汞」を使ったするが、いづれも心身の調和を得た境地を示すものとなっている。通常は「坎離」は得薬で後天の修行をいい、「鉛汞」は得丹、還丹で先天の修行をいうものとするが、西派では「坎離」「鉛汞」それぞれに「薬」と「丹」とし、またこれらの修行を還丹へいたるものとして丹基から得丹、還丹への階梯を示している。

道竅談 李涵虚(73)第九章 薬の種類

道竅談 李涵虚(73)第九章 薬の種類
八卦拳では「力」を得る段階、「気」を得る段階、「力気合一」を得る段階があると教える。これらを貫くのは「ネイ〈手偏に寧〉」勁である。「力」は套路を正しく練ることのできるレベルであり、これにより適切に身体を運用することができるようになる。次の「気」ではネジリの感覚を得る段階である。ただ手をひねっているのではなく体全体と連動した「ネジリ」が感じられるようにならなければならない。そしてその感覚が深まり、套路を練る時に「ネジリ」と内的な力の動きが一致する境地に入るのが「力気合一」である。形意拳ではこれを「易骨」「易筋」「洗髄」として教えている。

道竅談 李涵虚(71)第九章 薬の種類

道竅談 李涵虚(71)第九章 薬の種類
陽明学では「知行合一」という教えがある。これは「知」ることは「行」いの中から得られるのであり、「行」うことは「知」ることから発せられるとする考え方である。つまり内的な知は行動の中から得られ、行動は内的な知によってなされるということである。太極拳の最後には「合太極拳」とある。これは太極拳を練ることで内的な知が得られたことを示しており、これより正しく日常の「行」いに入ることができることを象徴的に教えている。また八卦拳の八母掌では最後を「麒麟吐書」とする。これは麒麟が表れて書を吐いたことが聖人(孔子)の出現を告げるものであったとする故事からきている。つまり八母掌を練ることで「知行合一」が得られて「聖人」と等しく行動できるようになったことを象徴しているわけである。

道竅談 李涵虚(68)第九章 薬の種類

道竅談 李涵虚(68)第九章 薬の種類
〈要点〉
「薬」は築基の段階で得られるもので、これに後天と先天の違いがあるとする。また「丹」にも後天、先天の違いがあり、これらを経た後には煉己と面壁を修することになる。この煉己と面壁も後天、先天の関係にあるとする。つまり「薬」から始まって(築基)、「丹」「煉己、面壁」が等しく「後天、先天」の構造になっているわけである。これらは要するに「命」と「性」の修行でもある。西派では「命」と「性」、あるいは「後天」と「先天」の二つの道があり、これらが互いに深い関係にあるとする。またこれらには本質的な区別があるのではなく、一種の修行の方便としての区別とする。築基で後天から先天へと修して「薬」を得たなら、再び後天から先天を修して「丹」を得る。そしてまた後天から先天へと煉己、面壁を修するのである。西派では築基(得薬)に百日、還丹に十月、煉己に三年、面壁は九年の修行を要するという。

第九十一話 合気上げと呼吸法(13)

第九十一話 合気上げと呼吸法(13)
もっぱら相手の攻撃を避ける「柔ら」は十七条憲法に記されたいさかいを解消するための「和」に合致するものでもあった。大東流の「合気」は当身(剛)と合気(柔)を共に含むものであった。これを分離して合気のみを使うようにしたのが合気道である。しかし、武術として合気のみでは攻撃力に不安がある。そこで合気道でも一部に「剛」を入れようとする動きもある。しかし、これでは「和」の道としての合気道の確立に反するものとなる。柔術の歴史から見るとき大東流と合気道ではおおきな違いが認められるのであり、それを明確に意識することが「柔」を転じた「剛」としての合気道の当身を知るベースとなるのである。

第九十一話 合気上げと呼吸法(12)

第九十一話 合気上げと呼吸法(12)
合気道の呼吸力では、それを「逆」ではなく「順」で使うことで、相手の動きの勢いをそのままに使って相手を制ることができるようになった。呼吸力の発見により日本の「柔(やわら)」はより「柔(じゅう)」に近づくことができるようになったのである。一方、合気道における「剛」は当身として完成されていたが、それは一般にはほとんど伝えられることがなかった。合気道は植芝盛平の宗教観とも相まって、もっぱら「順」の技法のみが語られて、相手の攻撃をさ避けることを専らとするようになったのである。

第九十一話 合気上げと呼吸法(11)

第九十一話 合気上げと呼吸法(11)
「剛」の中には必ず「柔」が含まれている。それを見出したことで「合気」が可能となった。そうであるから強く掴ませることで、「剛」が明確となるのは攻撃する側に有利であるが、これと同時に「柔」の部分も明確となるので「柔」の「脈」を感じることのできる人にとっては合気を利かせる条件が整うことになるのである。これが太極拳における「按脈」の原理であり、合気の戦略でもある。この相手の「柔」のルート(脈)をこちらは「剛」をして攻めるわけである。「柔」の「脈」はいろいろな場面で働いているので、足払いや腰投げでもそれを見出すことはできる。つまり、こうした「柔」の使い方は柔術の基本原理なのであるが、嘉納治五郎は合気道に望月稔らを入門させる時、植芝盛平に宛てた書簡で、柔道は柔というが、そこには強引に引いたりするような剛の動作も含まれることを懸念して、更なる柔への展開を模索しようと望月らに合気道を学ばせるとしたのであった。大東流でも柔術、柔道でもこの「剛」の問題は残されたままであった。一方、合気道では相手の力の流れを導くことで相手を制することが可能であることを見出したのである。

第九十一話 合気上げと呼吸法(10)

第九十一話 合気上げと呼吸法(10)
「引進落空(引き進みて空に落とす)」で攻防の転換が生じるが、その上で実際の反撃を行うには「化」と「走」とが必要であると太極拳では教えている。「化」とは角度を変えての反撃であり、死角からの反撃ということができる。また「走」は相手の勢いをそのままに導くことでその体勢を崩すことが可能となることである。「化」と「走」を説明する前に、それを実現させるための技法である「按脈」について触れなければならないであろう。「按脈」は太極拳の拳訣であるが、これを合気上げ(呼吸法)でいうなら、力を入れて掴んでいる手は「剛」であるが、そこには体幹と通じる「脈」がある。これは「柔」であり、ここを制することで「剛」に「柔」をして勝つことが可能となるのである。合気上げで「強く掴んでください」というのは、相手を優位に立てるのではなく、体幹と掴んでいる手との関連を強く確立して「脈」を明らかにするためなのである。

第九十一話 合気上げと呼吸法(9)

第九十一話 合気上げと呼吸法(9)
「剛」と「柔」、「生」と「殺」の転換を意図的に使うには技法が必要となる。「柔」は柔のままでは剛に勝つことはできない。太極拳も「柔」をベースとするが、その拳訣に「引進落空」がある。「引進」は「引く」と「押す」ということである。これは柔術の道歌にある「柔とは水に浮く木の心持て 押さば引くべし 引かば押すべし」と共通している。相手が押してきたなら、こちらは引くのであり、引いてきたなら押せばよい、というわけである。これは「影」の働きでもある。相手の動きをまずは受け入れるのが「やわら」のベースとなるが、それだけでは攻防の転換は生じない。攻防の転換を教えているのは「落空」である。「空に落とす」は入身で相手の動きのタイミングを狂わせることである。相手と同化した状態(影)において入身を用いる(陰)ことで攻防の転換は生じるのである。

第九十一話 合気上げと呼吸法(8)

第九十一話 合気上げと呼吸法(8)
「やわら(か)=和、柔」とは、相手の攻撃をさえぎることなく受け入れることであった。既に易でみたように中国では「柔」の働きについては古くからその特異性が知られていた。また『老子』でも「柔の剛に勝つ」(第七十八章)とあるように「柔」に優れた働きのあることが教えられていたのである。この流れは『陰符経』にも受け継がれて行く。そこでは自然(天)には「生」と「殺」の働きがあると同時に「盗」が天、地、人において働いているともしている。この「盗」とは「生」と「殺」とが転換するということである。「殺」があるから「生」があるのであり、これは「殺」の中に「生」が含まれているためと考えるわけである。もちろん「生」には「殺」が含まれている。これは「剛」と「柔」でも同様で「柔」をして「剛」に勝つことができるのは、「柔」の中の「剛」と「剛」の中の「柔」が対するからである。水は「柔」であるが、勢いを加えると「剛」の面が表れて来る。

第九十一話 合気上げと呼吸法(7)

第九十一話 合気上げと呼吸法(7)
「影」流から「陰」流への進化には易の影響を認めることもできる。純陰の卦である「坤」には「先んずれば迷い、後るれば主を得て、利あり」とある。つまり相手を先に攻撃をさせて、それを受けて動くことでかえって有利になることができるとするのが、陰の働きであると教えているわけである。また坤卦には陰の特徴として「柔順」のあることも記されている。この「柔順」を具体的にいうと「相手の動きに後れて(受けて)動く」ということになるわけである。相手の動きに後れ、それに合わせることは不利な行為ではなく、それによってこちらが有利になるような展開が可能となる。それを見出したところに「影」から「陰」への名称の変化があったと考えられるのである。

第九十一話 合気上げと呼吸法(6)

第九十一話 合気上げと呼吸法(6)
技術としての「柔」が確立されるのは近世あたりまで待たなければならなかった。それは剣術では陰(かげ)流、柔術では竹内流として歴史に現れる。陰流は影流と記す伝書もある。この「影」というのは自分が相手の「影」となること、つまり相手と同じ動きをする、相手の動きに同調することであり、これはまさに気を合わせる合気そのものといえよう。残された伝書には「影流」とある「影」をわざわざ線で消して「陰」と横に書いているものもある。これは「見せ消(け)ち」といって、「影」をより明確に否定するためにこうした書き方をする。つまり「ただ相手の動きに同調するだけではない、ということを示そうとしているのであり、「影」から「陰」への変化は「柔」の技法のさらなる進化を示すものと考えられるのである。

第九十一話 合気上げと呼吸法(5)

第九十一話 合気上げと呼吸法(5)
「柔術」とは、相手との対立を解消するための方途であった。しかし聖徳太子の時代にはこれを技術として確立するとことまでは達していなかったと思われる。理念としては確立されていたが、技術としての完成には至っていなかったわけである。それはまた「和」の流れを現在に受け継ぐ「専守防衛」も同様である。攻撃することなく、ただ防衛をするということをどのようにしたら実現されるのかは明確に分かってはいない。そのため「小さな攻撃」をもって「専守防衛」としているのであるが、それでも攻撃をしようと思えば可能ではあるので「専守」とはいえないのが現状である。

第九十一話 合気上げと呼吸法(4)

第九十一話 合気上げと呼吸法(4)
この日本武術の「柔」の流れは思想としては聖徳太子の憲法十七条にすでにその淵源を見ることが可能である。その第一条には「和をもって貴しとなし、忤(さか)らうことの無きを宗となせ」とある。「和」はいまでは「わ」と読むのが一般的であるが古い文献には「やわらかき」と読ませている。つまり「やわらかい」ことが、対立すること(さからうこと)と反対の概念として考えられていたわけである。そうであるから「和」は対立を解消する方法でもあるわけで、それを習得する技術として「柔術」が確立されて行くことになる。

第九十一話 合気上げと呼吸法(3)

第九十一話 合気上げと呼吸法(3)
大東流のような「合気」はこちらから力を送り込むための前段階としてあるもので、この前段階として相手と一体化する合気を用いているもののその力を発する段階では極めて攻撃的となる。つまり合気と称する技法に中には合気ではないものをも含んでいるということである。「合気」とは「相手の攻撃(情報)をそのままに受け入れるとみせて、その判断を誤らせる状態に導く技法」とすることができよう。「合気」は日本の柔術に独特の概念であるが、それは日本武術の「柔(やわら)」の流れから生まれたもので、基本的には柔術の範疇に属する技法と解することができる。

第九十一話 合気上げと呼吸法(2)

第九十一話 合気上げと呼吸法(2)
大東流の合気上げでは合気をかけると相手の体が反るようになるが、合気道の呼吸法ではそうしたことは起こらない。これはひじょうに重要なことで、いうならば植芝守平は大東流の合気を拒否したということになるのである。考えるに武田惣角と植芝盛平との決別は「合気」の受容をめぐってのことであって、盛平は惣角の教える「合気」を真の合気ではないと考えていたのではなかろうか。そして真の合気によって発する力を「呼吸力」と考えたと思われるのである。呼吸力は以下に述べるように日本における柔術史において「柔(やわら)」技法の頂点に位置するものということができるのである。

第九十一話 合気上げと呼吸法(1)

第九十一話 合気上げと呼吸法(1)
合気道、大東流の基本練習には座り技で、両手を取られて、それを上げるという練習がある。これを合気道では「呼吸法(呼吸力養成法)」といい、大東流では「合気上げ」と称している。また合気道では呼吸投げが多くあるが、合気投げは「幻の技法」となっている。一部に「合気投げ」と称する技も伝っているもののその実際は明らかではなく、呼吸投げのような展開を見ることはできない。つまり合気を冠する合気道において合気を冠する技がないというのが現状なのである。それに対して大東流ではどの技であっても合気をかけることを基本とする。柔術のレベルでは特に合気を使わないこともあるが、相手の体を反り返させる「合気」を使ってこそ大東流の特徴が発揮されるという。