古道071

太上十三経注釈(281)老子 第二十一章
注釈では「信を得る初めは、まさに精にある」とある。「信(まこと)」を得るには、「精」を開く必要があるというわけである。「精」は既に見たように腎の中にある一陽である。腎の一陽を開くには、心の一陰を鎮めなければならない。心の一陰を鎮めるには、「まこと」の気持ちがなければならない。
さらに注釈では「精を行動の中に捕らえる」とする重要なことが述べられている。これは「徳」の実践の中でしか「信」を捕らえることはできない、ということである。こうしたことを忘れて、修行のテクニックだけに執着しても、「道」を得ることはできないのである。

杉原千畝の自筆原稿
「命のビザ」で知られている杉原千畝は晩年、ビザ発給を決意した時の心境を綴っている。ユダヤ人へのビザの発給を外務省に問い合わせたところ発給しないようにとの連絡が入る。その時、千畝は「一晩中私は考えた。考えつくした」という。さらに「一晩中考えた」と短い文章の中に同じ文言が二度も出てくる。よほど考えあぐねたのであろう。
しかし、最後には「人道・博愛精神第一」とする観点からビザの発給を決意するのである。こうした危機的状況にあって、的確な判断を下すのはきわめて困難である。そうした中で判断の基準となるのは「人道」や「博愛」であろう。東洋の伝統では、これは「大道」と言われてきた。また「道」とのみいうこともある。「人道」「博愛」は、人の「道」であるが、この「道」は森羅万象の動きと通ずる「道」でもある。こうした「道」を平時において日々に涵養することが、間違いのない生き方を可能にするのである。
千畝の自筆原稿は杉原千畝記念館のホームページで見ることができる。また横浜市立歴史博物館の「杉原千畝と命のビザ」展では、原稿の複製が展示されている。