古道015

太上十三経注釈(225)老子 第十七章
老子は道が完全に行われない状態であれば、それに次ぐものとして「親しみ、愛し、奨めたり、誉めたり」することがベースとなるようにすることを教えている。仏教でいうところの慈悲であり、菩薩道である。仏教の歴史を見ても、中道を説く釈迦の時代は、いうなら「道」の実践の時代であった。しかし、それだけではうまく行かなくなって、菩薩道が説かれるようになった。これは「親しみ、愛し、奨めたり、誉めたり」することとしてよかろう。


書を読む

荷田春満に「見る書は残り多くも年暮れて 我がよふけゆく窓のともし火」という歌がある。
これは,、まだ読まなければならない書(ふみ)は多く残ってはいるが、自分の人生も夜が更けるように老けて終わりに近づいて、命のともし火も消えようとしている、というような意味である。確かに読むべき本は多いが、なかなかそれらすべてを読みきれるものではない。また一読して充分な本もあれば、くりかえし読んだり、調べて読む必要のある本もある。
速読や重要とされる本を選んで提示しているようなものを利用する方法もあるが、要するに「全部は読めない」とあきらめてかかるよりほかにないであろう。読めるだけ読む。それが自分にとって必要な読書の量であると、自分に言い聞かせるよりほかにあるまい。