先天と後天・下(点化分胎章第八 その6)

孫禄堂や王向斉が考えたのは、先天の世界をベースとすることであった。

孫禄堂は、形意拳、八卦掌、太極拳に共通する「柔」「静」の動きが、先天に近いものであるとして、これらの拳の動きを変えてしまう。

一方、王向斉は、決まった動きを持たないのが、先天の世界の表現であるとして、ごく少数の動きだけを練ることを考えた。

しかし、孫禄堂の方法では、形意拳、八卦掌、太極拳のどれも特徴を持たないものとなった。ここに生まれたのは、孫家拳という新たな套路群であった。

王向斉も、結局は形を棄てることができなかった。確かに先天の世界は、きまった形のない世界である。きまった形がないのであるから、それは一つでもきまった形があってはならない。

十あれば、好ましくなく、三つであれば許される、というものではないのである。形がないなら、まったく形を持つことはできない。ここに意拳なるもの、そのものが存在しなくなるのである。

そして、最後に思うのは、やはり形をもって形にとらわれない、というごく簡単なことである。

これが、後天の世界から先天の世界へ入る唯一の道なのである。