中庸を得る(点化分胎章第八 その3)

「真中の神は、類を出て、萃(あつまり)を抜く」

「真中の神」とは、金丹のことである、と葛玄は述べている。

「真中」とは、「真なる中庸」の意味がある。

「類を出て」も、「萃を抜く」も同じで、陰陽の境地から抜け出すことである。

金丹は、陰陽から成るものであるが、そのどこにも陰も陽も認めることができない。

太極拳や八卦拳を修して、中庸を得る、とはこうしたことである。

これまでの自分の心身の働きでもないし、太極拳や八卦拳そのものの動きでもない。

そして、それは、これまでの自分の心身の働きでもあり、学んだ太極拳や八卦拳の動きでもある。

こうした状態が、中庸を得た状態なのである。