外煉を行う(金鼎通玄章第十 その1)

「金丹の神室は、鉄渣より変ず」

「鉄渣」とは、鉄くずのことで、ここでは肉体をさす。

もっとも純粋で、霊的な存在である「丹」の作られる「金丹の神室」が、もっとも粗大である肉体から生じる、というのである。

仏教では、これと同じことを、泥水の中から蓮の生えることとして説いている。

葛玄は、「もし、それ鉄鼎を外煉すれば、化して金鼎となる」とする。鉄鼎は肉体で、金鼎は「金丹の神室」である。

「外煉」とは、実際に身体を動かして鍛錬をすることである。

これに対して坐禅などは、「内煉」という。

身体を動かすような修練よりも、坐禅のような修練の方がレベルが高いと思っている人も多いが、実際は身体を動かすような鍛錬は、きわめて大切なのである。