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<<   作成日時 : 2017/07/08 18:15   >>

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陳微明の太極拳論(41)
九、静かであるのは山のよう。動くのは大河のようである(静なるは山岳の如く、動くは江河のごとし)
【静かなのは山のようであるとは、気が沈んで浮くことのないことである。勁とは大河のようであって、周流して止むことがない】

太上十三経注釈(557)老子 第三十六章
老子はまた「柔は剛に勝つ」とも教えている。この場合の「柔」は「剛」を含んだ「柔」であるから、「剛」を制することができるのである。こうしたことからすると「剛」であっても、そこに「柔」を含むのであれば、同じということにもなるが、老子は「柔」をより好ましいいものとする。それは生成の原理からしても、「剛」よりも「柔」が生成の働きに近いからである。嬰児の体は柔らかく、年をとるごとに人の体は固くなる。こうしたことから「柔」らかさは、生成をはかる一つの目安とされたのである。ために老子は「至柔」をよしとして「至剛」を語ることはなかったのである。

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