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<<   作成日時 : 2017/07/06 18:14   >>

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陳微明の太極拳論(39)
七、勁を運ぶのは、おおいに鋼を鍛錬するようなものである。これを破ることなどできるものではない(運勁は百煉の鋼の如し。なんぞ堅くしてくだかざるなし)
【太極拳では力を使わないが、それはどのような場合でも内勁を養い、使っているからである。その勁は百煉の鋼のようで、あらゆるものを粉砕してしまうのである】

太上十三経注釈(555)老子 第三十六章

最後には「まさにこれを奪わんと欲すれば、必ず固くこれを与へよ」とする例えも示される。何かを盗ろうとするのであれば、さきに与えよ、というのである。この老子の例えは、現実的でないようにも思われる。そもそも、与えて盗るくらいであれば、与えなければよいであろう。ここで老子がこうした例えを出しているのは、あえて奪うこと、廃しようとすること、弱くすること、縮めること等を行おうとするには、先にそれと反対のことをも行わなけれている、ということを気づかせるためなのである。
もし何かを盗ろうと思うのであれば、自分の気持ちが対象に向いていなければならない。そうであるから気持ちを対象から離してしまえば、盗る気持ちも無くなってしまうのである。流行りの服が欲しいが買えないのであれば、流行りそのものを愚かなものとして否定してしまえば良いのである。

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